聞いて驚く意外な事実
お婆さんの家に着いたのは、それから十五分ぐらい後だった。
「一体、どこまでいくつもりなんだい」
門の前で待っていたお婆さんが大声で止めなければ、たぶん通り過ぎていただろう。
どの順番で話をすればいいか、考えながら走っていた僕は、あわててブレーキをかけた。
「お久しぶりです」
ヘルメットを脱いで挨拶をすると、お婆さんは嬉しそうに笑った。
「まさか、こんなに早く再開できるとは思っていなかったよ」それから真顔になって言った。「大体の話は、あの子から聞いたよ。あたしにできることがあれば、何でも協力するからね」
「ありがとうございます」
と言って頭を上げた僕は、お婆さんの後ろの風景が変わっていることに気づいた。だが、あまりにも変化が大きすぎた。僕は目眩のようなものを感じながら、
「つかぬ事を、お聞きしますが……」
と言った。
「なんだい、その他人行儀な言い方は」家に向かって歩き出したお婆さんは、笑いながら振り向いた。「遠慮しなくてもいいんだよ。あたしと、あんたの仲じゃないか。何でも言いな」
実にありがたい言葉。
だがこれを言うと、さすがのお婆さんも僕を敬遠するようになる。しかし、今日の目的は自分の記憶の間違いを正すため。僕は思ったことを口にすることにした。
「いつ建て替えられたんですか?」
案の定、お婆さんの表情が、さっと変わった。
「どういう意味なんだい?」
眉間にしわを寄せて、首を傾げた顔だけで十分だった。
このまま病院に直行した方がいい。
だが、今は話の途中。逃げ出すわけにはいかない。お婆さんによけいな心配をかけることになる。思い切ってつづけた。
「この前来たときは、わらぶき家でしたよね、二軒とも……」
「わらぶき家? 二軒とも?」
お婆さんは、しばらく困ったような表情を浮かべていたが、思い直したように、にっこり笑った。そして優しい声で「続きは、家の中で聞いてあげるよ」と言った。
少しくらいの記憶違いはあるだろう、そう思っていた。
だが、とんでもなかった。
僕の記憶に残っているほとんどのものが、現実と大きくかけ離れていた。
超ハイテクわらぶき家は、この世に存在していなかった。
もちろん、隣の流通倉庫も、世界に一台しかない水平移動ができるエレベータも、そうだった。
お婆さんの家は、ソーラーシステム付きの最新式の住宅。色とりどりの花が植えられた広い敷地の中に、ぽつんと建っていた。
しかし、記憶と合致するような状況がいくつかあった。
洋間の大きなモニターテレビには、BGM的映像が流れていた。分厚い一枚板のテーブル、すわり心地のいい椅子。それは僕の記憶とまったく同じものだった。
それと、パソピアという通販会社はなかったが、お婆さんがその話をしたのは本当だった。
パソピアのシステムは、お婆さんの末娘がピザ宅配の遅れから実際に思いついたアイデア。でもそれが原因で、末娘は、長年勤めていた家電量販店を辞めた。その話を聞いた上司や会社役員に、そんなシステムで経営が成り立つはずがない。バカじゃないか、と笑い飛ばされたのが原因らしい。
【超ハイテクわらぶき家】から【13秒の遅れが生み出したもの】 あたりまで話し終えたところで、お婆さんが言った。
「何も、心配はいらないよ」
あまりにも自信たっぷりの声に、逆に心配になった。
「気休めなら結構です。覚悟はできています。切りのいいところで話をやめて、病院に行こうと決めていましたから」
「おや、そうかい。だったら、あたしの話を聞いてからでも遅くはないんじゃないかい」
言われてみれば、たしかにそうだ。