店内監視カメラ
それから僕は、ウエストポーチからICレコーダーを取りだして、録音状態になったのを確認して「製材所跡地の自販機、今日も相性悪し」と吹き込んだ。
コンビニまでは、あと五分。
バイクにまたがり、ヘルメットをかぶったところで、思わず笑いがこみ上げてきた。
自販機は実際にあった。故障もしていなかった。にもかかわらず、今日もコインは戻ってきた。これは偶然ではない。運命。僕とあの子は、出会わなければならない運命にあったのだ。
幸先の良いスタート。安心したせいか、そんな確信めいた気持ちが芽生えてきた。しかし、やはり不安の方がずっと大きかった。
先日、お婆さんが、彼女に僕のことを妻帯者だと伝えたことと、お婆さんと交わした約束の件だ。
『あんたが本当に奥さんをもらうまで、あの子と顔をあわせないようにして欲しいんだよ。あたしが嘘をついたことを知られたくないからね』
でも、妻帯者という言葉は、彼女の心を傷つけないため。お婆さんの優しさが言わせた言葉。僕が言ったわけじゃない。
通常、どんな口約束でも守るようにしているが、今日の目的は、それよりずっと大きなものがある。
実際に体験したことと、記憶に残っているものが、どこでどう入れ替わってしまったのか、自分の五感を通して書き換えなければならないのだ。
冷静に判断すると、あんな可愛い女の子が、僕に一目惚れするはずがない。中年のおばさんを若い女の子と間違えた可能性だってある。
と思ってみたものの、コンビニに近づくにつれて、胸がどきどきしてきた。やはり、僕の記憶の中では、彼女は僕に一目惚れした女の子なのだ。
入り口のチャイムの音に振り向いたのは、先日の彼女に間違いなかった。
カウンターの向こうでタバコの補充をしていた彼女は「あら」と言って、恥じらいに似た笑みを浮かべた。
都合の良いことに、店内に誰もいなかった。
「覚えていらっしゃいますか」
前回と同じ服装できた僕は、自分の胸元をこぶしで軽く叩いた。
「ええ、もちろん」
とても澄んだ声だった。
「少し話をしてもいいですか?」僕はおそるおそる訊いた。
「はい、他のお客様がおいでになるまでなら……」
何から話すか決めていなかったが、正直に話すことだけは決めていた。
「実を言うと、ここ数日、僕の記憶がおかしいんです」
と言ったとたん、彼女は驚いたような表情を浮かべた。
「やはり、そうでしたか」
「えっ?」
予想もしていない言葉に、僕は固まってしまった。
「祖母が心配していたんです。あなたのことを」
彼女は僕から視線を外した。
「心配?」僕は彼女の横顔に訊いた。「どんな心配なんですか?」
そこで、邪魔をするように、来店客を知らせるチャイムが鳴った。入ってきたのは若い男女四人。
「いらっしゃいませ」
笑顔をつくった彼女は、再びタバコの補充にとりかかった。
彼女に迷惑をかけないために、僕はレジを離れて店内を回ることにした。今日はクレジットカード入りの財布も現金も持ってきていたが、買いたいものがなかった。
早くこの四人が出ていけばいいのにと思っていると、駐車場に二台の車が停まるのが見えた。
再び彼女と話せるようになったのは、それから二十分ほど経ってからだった。
「ずいぶん、忙しいようですね。やっぱりコンビニも店員次第なのかな」
と言って、コーラを一本レジに置いたところで、レジ横の子機がチリチリと小さく鳴った。
「どうぞ、そちらを先に」僕は目で合図した。
しかし彼女は笑顔で首を振った。
「ありがとうございます。これは業務連絡なんです」
おつりの五十円と、レシートをポケットに入れながら、僕は訊いた。
「先ほどの、お婆さんが言っていた話って、一体どんな、」
「その話でしたら」彼女は僕の話を遮った。「祖母から直接お聞きになられた方がよろしいんじゃないでしょうか」
僕としては、もう少し彼女と話をしたかったのだが、仕方ない。間に人が挟まると、ニュアンスが違って伝わることがある。
「今の電話は、祖母からなんです」と言って、彼女は子機のボタンを押した。そして耳に当ててしばらくすると、はしゃいだような声で「あ、見えていたのね、お婆ちゃんにも」と言った。
それから彼女は、子機を僕に手渡した。
「あちらの方を向いてくださいませんか」
わけが分からないまま、彼女が指差した方に体を向けた僕に、彼女は言った。
「あのカメラの映像は、お婆ちゃんの家のモニターにも映るようになっているんです」




