私の城下町
もちろん僕としても、そのつもりだった。
「相談に乗ってくれるのか、サンキュー」
礼を言ったところで、以前Pが、いつも夜中近くまで仕事をしているんだ、と言ったことを思い出した。
「時間の方はいいのか?」
「ああ、大丈夫」いつもながら彼の返事は早い。「バッテリーは満タン。ここはカフェテラス。他人に迷惑をかけることもない」
だったら、順を追ってすべて話そう。
「でも、今日の話はけっこう複雑なんだ。それでもいいんだな?」
と念を押すと、Pはからかうような口調で言った。
「お前の相談話は、昔からぐじゃぐじゃだったよな。と言うことは、さらにひどい方にバージョンアップしたってことだな」
僕は笑いながら答えた。
「否定できないところが、実にかなしい」
Pに言わせると、自分のことを相談するときだけ、僕の話しぶりがおかしくなるらしい。
Pはよく言っていた。
かねては、どうもないんだ。俺たちは、どんなときでもポンポンポンと、調子よく会話ができる。でもな、不思議なことにその手の話になると、お前は途端に別人になってしまうんだ。話の前後が繋がらない。尻切れトンボ。あっちこっち虫食い状態。
Pはそれを、自分の頭の中で分解し、要らないものを排除してから、組み立て直すのだと言っていた。
話を聞き終えると、Pはこんなふうに言う。
「つまり、お前の言いたいことは、こういうことなんだな」
ほとんどの場合、そのとおりだった。
「そう、そういうわけなんだ。で、どうすればいいと思う?」
Pはしばらく間を置いてから、二つの意見を言う。
「俺だったら、こうする」と「俺は絶対に、こんなふうにはしない」
Pが、こうすると言う事例は、僕には到底無理なことが多かったし、彼が絶対にしないという事例は、僕も絶対にしないことだった。
当然僕は、こう返す。
「で、俺はどうすればいいと思う?」
だが、その質問は無視される。
「そうだなあ」
しばらくしてから、Pはいくつかの選択肢を口にする。そして「後は、お前次第だな」と付けくわえる。
が、僕はそのどれも選ばない。でも、自分なりに考えて答を出すわけではない。相談をするだけで実行はしない。と言うのが、今までの相談パターンだった。
「話はたしかに込み入っている。でも、こんなこともあるだろうと思ったから、昨日まとめておいたんだ。もし、途中で分からないことがあったら、遠慮なく言ってくれ」
と言ってから話を進めた。
「三日続けて、同じ夢をみたことがあるか?」
「いや、聞いたこともない」
「実を言うと、二人の女の子と知り合うきっかけは、三日続きの夢だったんだ。この夢には何か理由がある。そう思った。もし、夢の検証に出かけていなければ、絶対に彼女たちとは出会っていない」
「まさしく、夢見たいな話だな」
Pはときどき短い言葉を挟んだ。
今彼がいるのは、昔二人でよく行ったカフェテラスらしい。店の前は片側三車線の幹線道路。一日を通じて交通量も多い。にも関わらず、僕の携帯から都会のざわめきは聞こえてこない。携帯を耳に押し当てて、僕の話を聞いている証拠だろう。
「質問があるんだけど」
Pが話を遮ったのは【相性の悪い自動販売機】から【美しすぎる郷土史家】に移ってしばらくした頃だった。
「その女の子だけどよ」とPは言った。
当然、彼女の容姿か、顔についての質問だと思った。
「それがな、女優にも、アイドルにもいないタイプの女の子なんだ。どう言えばいいんだろう……」
続きの言葉を探す僕に、Pは言った。
「そんなことはどうでもいいんだ。確認したいのは、その子が本当に、その辺りはむかし門前町として栄えた場所だと言ったか、どうかなんだ」
意外な質問だった。
「どうしてそんなことを訊くんだ。俺が知りたいのは、郷土の歴史に興味がある女の子と付き合う方法なんだぞ……」
と言うと、Pは自信たっぷりな声で言った。
「たぶん、お前の聞き間違えだよ。彼女は門前町とは言っていない。お前がそう思っただけ」
「そんなことはない。そのあと会ったお婆さんとも、その話をした。間違いない」
「お前の言うとおりだとすると」Pは、そこでちいさなため息をついた。「二人してお前を騙そうとしているか、からかっただけだろうよ」
「なあ、おい」僕は耳から離した受話器に向かって、大声で言った。「ヤキモチ焼いてんのか」
「バカなこと言うなよ」Pは余裕のある声で言った。「お前にヤキモチ焼いてどうするんだ」
何か言おうとしたが、言葉が出てこなかった。
「なあ、教えてくれ」Pは次の質問をした。「そのコンビニは、市内の中心部からどれくらい離れているんだ」
「そうだな、30キロぐらいかな」
「もし、その女の子の言うことが本当だとすると、全国の教科書が間違っていることになるぞ」
Pが何を言いたいのか分かったのは、そのあとの言葉だった。
「薩摩七十七万石という焼酎は、お前の田舎の焼酎だろう。たしか、鹿児島は城下町として栄えたはずだそ」




