表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/106

恋のアドバイス

 アパートに帰り着いたら、すぐにソフトのインストール。

 そのあと、古いICレコーダーのデーターをパソコンに取り込んで、文字に変換。それがすんだら、新しいICレコーダーの取扱説明書を読みながら、使いやすいようにカスタマイズ。 

 と思っていたが、それどころではなかった。

 コーラを一本、水道水をコップで二杯飲んでも喉はカラカラ。胸の動悸も収まらない。

 原因は分かっている。

「もし、よろしければ、ここに……」

 人材派遣会社の担当者が、そっと差しだしたメモ用紙。

 11桁の数字。

 彼女の携帯番号。

 一字一字、丁寧に書いたのがうかがえる。

 これって、お付き合いして下さいという意味ですか?

 僕のどこが気に入ったんですか?

 ほんとに僕でいいんですか?

 彼女がいない今なら、スラスラ言える。

 でも、伏し目がちに僕を見つめていた彼女の前では、そんな簡単な質問さえできなかった。

「一応、頂いておきます」

 椅子から立ち上がりながら言ったそれが、精一杯。しかも、硬い声で。

 エレベーターまで見送ってくれた彼女は、恥ずかしそうな声で言った。

「ご迷惑かもしれませんが……お待ちしております」

 アイロンのかかっていない綿シャツ。よれよれのジーパン。履き古したスニーカー。右手にぶら下げた二つの紙袋。

 商店街のガラスに映る自分の姿に、問いかけた。

 一体何が起こっているんだ。これまでまったく女性に縁がなかったこの俺に。

 パソピアのお婆さんを通じて、気持ちを打ち明けたコンビニの女の子の件だけでも大事件。あれから一週間も経っていない。なのに今度は、本人から直接のアプローチ。

 何かがおかしい。何かが変。天変地異の前触れか?

 もしそうじゃないとすると、いつまでも放っておくわけにはいかない。少なくとも一週間以内に、何らかのアクションをとる必要がありそうだ。

 でも、どんなふうに?。

 

 悩みに悩んだ末、Pに電話をすることにした。

 でも、携帯の発信ボタンを押す直前で、やめた。

 仕事を失ったことをまだ話していなかった。いずれ報告しなければならないことだが、それは日を改めることにしよう。

 ということで、午後六時の時報を確認してから、改めて携帯電話を取りだした。

 いつものように、留守番電話になっていると思った。

 忙しいようだな。じゃあ、また後から電話するよ。

 そう言うつもりで呼び出し音を聞いていると、スリーコール目で彼が出た。

「珍しいじゃないか、こんな時間に」

 そう言えば、僕たちの電話は、いつも夜の十一時が過ぎたころだった。僕は慌てて携帯を持ち直した。

「あ、い、今帰って来たばかりなんだ」

「いいな、お前は。こんな明るい時間に仕事が終わってさ」

 という声は、ぜんぜん羨ましそうには聞こえない。

「実をいうとな」Pは嬉しそうな声で言った。「俺もお前の声を聞きたかったんだ。時間はあるのか」

「ある」

 と答えると、彼は黙って電話を切った。

 三十秒ほどで僕の携帯が鳴った。

 もちろんPがかけ直してきたのだ。僕に負担をかけないために、彼はいつもこのやり方をする。

「俺の携帯料金は会社で支払ってくれるんだ。と言っても、俺だけが特別っていうわけじゃない。社員は全員掛け放題。会社の統計によると、重要な情報というのは、身内や親友から入ってくる確率が結構高いらしい。でも安心しろ。お前にそんな情報は期待していないから」

 彼の就職が決まって、長時間話し込んだとき、そんなことを言っていた。

「今どこにいると思う?」

 Pがこんな言い方をするときは、大体において、映像を学んでいたころよく行った場所だ。

「晩飯には早そうだから、ガストか、ジョイフルあたりだろう。お前の前には、また新しい彼女が座っている」

「半分当たりで、半分外れ」

「じゃあ、どこかうす暗い部屋で、彼女と二人きりってことなんだな」

 クックックッ、 

 Pは、何かを思い出したように笑った。

「それは昨日と、一昨日だよ」

「ところで」僕は本題を切り出した。「アドバイスが欲しいんだ」

「あのさ」Pは笑いを含んだ声で言った。「たまには、映像関係以外の質問をしてもらいたいもんだな」

「例えば?」

「決まっているだろう。彼女ができたとか、できそうなんだけどとか、そんな種類の話だよ」

「実を言うとな」僕は、そこでたっぷり時間を取った。「彼女ができそうなんだ。しかも、二人とも、超売れっ子のモデルタイプなんだ」

 しばらく待ったが、何の反応もなかった。

 まさか、電話を切ったんじゃないだろうな。

 携帯を耳に押しつけると、コーヒーにむせているような声が聞こえてきた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ