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コピー用紙の上の僕の頭の中

「どうだ、分かったか?」

 僕の横顔を眺めていたPが、そう言ったのは、数分後だった。

 その間、僕の思考回路は、ほとんど動いていなかった。たぶん、そのあたりのことは、Pも気づいていたと思う。このまま様子を窺っていても、時間の無駄。そう判断したから、そんなことを言ったのだろう。

 もう、頭の中の話はいいよ。

 と言おうとしたが、やめた。

 Pの頭の中には、僕の脳の仕組みが、くっきりとした映像、あるいは図式として、浮かんでいるはず。それを聞かないで、鹿児島に帰るわけにはいかない。そう思ったからだ。 もう時間がない。それに、俺は頭が悪い。一から全部教えてくれないかな。

 と言えば、彼は「ああ、いいよ」の一言で、そうしてくれるだろうが、僕のことを本気で心配している人間に言う言葉ではない。

 なにか適当な言葉はないだろうか。

 そんなことを考えながら、ボトルに残っていたコーラを飲んだとき、僕の頭が少しだけ働いた。

 質問の積み重ねの中で、彼の考えを引き出せばいい。

「この『23区』というフォルダーは、俺が、はっきり覚えている記憶のことだよな?」

「そういうこと」Pは嬉しそうに笑った。

 なんて簡単な問題だったんだ。

 考えすぎだったことに気づいた僕は、視線をパソコン画面に戻して、先ほどのPの動作を、頭の中で反復した。

「じゃあ、SDカードから消えたもう一つのフォルダーは、俺の記憶から消えたデーターってことになるよな」

「ああ、そのとおり」小さくうなずいて、ローカルディスクを開いたPは、急に困ったような表情を浮かべた。「こうやって、いちいち画面を切りかえると、逆に分かりにくくなりそうだな」

 そう言って、しばらくパソコンと僕を交互に見ていたPは、すっくと起ち上がると、三色ボールペンを二本と、コピー用紙の束を持って戻ってきた。

「お前も使えよ」僕の正面に胡座をかいて座ったPは、ボールペンと、数枚のコピー用紙を、僕の前に置いた。「分からないところがあったら、いつでも言ってくれ」

 Pはそう言いながら、コピー用紙に、名刺サイズの四角形を三つ書くと、質問を促すような顔で僕を見た。

「なに、それ?」リクエストに応えたつもりで、そう言ったのだが、答は返ってこなかった。

 僕の質問を笑顔で受け止めたPは、それぞれの四角の中に、ボールペンで文字を書き込んだ。

 最初が『記憶A』次が『記憶再生装置』最後が『記憶B』

 そして、その三つを大きな楕円形で囲んだあと、僕に顔を向けると、ニッと笑った。「これが、お前の頭の中」

「えらく、単純なんだな。俺の頭の中って」

 笑いながら、用紙を眺めているうちに、僕はあることに気づいた。『記憶B』の文字がある四角形の一部が、五ミリほど切れていたのだ。つい、うっかり、というものではなかった。途切れた線には、何らかの意図が隠されているとしか思えなかった。

 でも、なぜ、この四角形だけが?

 疑問が沸いた次の瞬間、Pが何を言おうとしていたのか、分かったような気がした。

 僕はPの目を見た。そして、ボールペンをクリックしてから、左手を用紙の上に置いた。「これに、手を加えてもいいか?」

「もちろんだよ」彼は笑いながら答えた。「お前の頭の中だぞ。自分の好きなように扱えよ」

 僕は『記憶A』と『記憶再生装置』の四角形を二本の太い線で繋いだ。そして、再びPを見た。

「記憶Aのデーターは、いつでも、この『記憶再生装置』で見ることができる」

「ピンポーン」と言ったPが拍手をしたのは、やっと自分の思いが、僕に伝わったからだろう。

 笑顔は、人を楽しくさせる。調子に乗った僕は、今度は『記憶B』の文字を指差した。「でも、このフォルダーのデーターは『記憶再生装置』では再生できない。昔のベータとVHSのような関係」そして、Pがピンポーンを言う前に『記憶B』の隙間を指差した。「ただし、この隙間をくぐりぬけてきたデーターだけは『記憶再生装置』で再生することができる」

「ほほう」Pは、感心したような顔で僕を見た。「お前って、結構勘がいいんだな」

「そんなことはないよ」僕は首を振った。「お前の教え方がいいんだよ」そのあと『記憶B』の下に『断片話』と書き込んだ。「たぶん、こいつも、この中に入っていると思う」

「なるほど」小さくつぶやいたPは、考えるような目つきで、しばらく天井を見上げていたが、やがて僕に顔を近づけると、遠慮がちな声で「この際、『記憶B』をちょっと掘り下げてみないか」と言った。


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