第一話、完結
8 2013/10/06
「自営業って、なにをやっているの」
「餃子屋だそうです」
オレが言うと、多々木さんは腕を組み瞑想しはじめた。やがて彼は目を開いて言った。
「うん、いいだろう。依頼人に満足のいく報告ができそうだ」
「えっ」
早っ。いつのまにか、謎はすべて解けた状態になっている。
「どういうことですか」
オレは訊いた。説明してほしい。
「いや、じつを言うとね」多々木さんは頭をかいた。「依頼を受けたときから、ある程度の予想は立っていたんだ。別の言い方をすれば、すでに答えがわかっていたから、依頼を引き受けたともいえる」
ぽかんとするオレ。彼は続けた。
「クライモリの親御さんは、十中八九、教団に入信している」
「あっ」
思わずオレは叫んでいた。
「クライモリがなぜ、教団のことを悪く言うのか。それは彼が教団からしつこく勧誘されているからだろう。辟易しているんだ。あるいは、信者である親御さんからも、もしかしたら勧誘されているのかもしれない。それで親のことも嫌いになったんじゃないかな」
「なるほど」
オレは唸った。非の打ちどころがない推論だった。
「X氏は教団の幹部だ。信者に関する情報はなんでも把握している。誰がどこに住んでいて、どんな職業に就いているか」
「餃子屋……」
「そう。日本全国の餃子屋を調べる必要はない。信者で、かつ餃子屋を探せばいいんだ。そしてその餃子屋には可哀そうな息子さんがいる。ブログで教団の悪口を言っている息子、それがクライモリだ」
ふと壁の時計を見ると一八時過ぎだった。
「ふたりとも、ご苦労さん。あとはボクから依頼人へ電話して、調査報告をする日時を決めるだけだ。今日中にきてほしいと言われれば、いまからでも行くけどね」
若林さんは慣れた様子でさっさと帰り仕度を済ませ、
「お先に失礼します」と言って帰ってしまった。彼女はオレと多々木さんがクライモリについて話しているあいだ、ついにひと言も喋らなかった。
オレも帰り仕度をしながら、
「明日から何時に出社すれば」と多々木さんに訊いた。
多々木さんはコブシでぽこぽこと自分の肩を叩いていた。見た目ほどラクな仕事ではないらしい。
「そうだね、とくにアポイントがないときは、朝一〇時に出社してくれればいい。明日からは、キミにもどんどん仕事を振っていくから、勤務時間はすごく不規則になると思って覚悟してほしい」
「わかりました。……それじゃ、お先に失礼します」
「うん。あっ、初日の感想はどうだった? 疲れたかい」
オレは苦笑した。図星だった。
「なんだか、ものすごい濃縮された一日だった気がします」
帰る道すがら、クライモリのことを考えた。彼はこれから、どうなるのだろう。
多々木さんの推理が正しければ、X氏は信者のリストからクライモリの親御さんを見つけられるかもしれない。その後は?
X氏はクライモリの親御さんを呼び出し、事実関係を問い質すだろう。その後は?
クライモリの親御さんは、引きこもりの息子に対し、なんらかのアクションを起こすだろうか。この点については微妙だ。
クライモリがブログで教団の悪口を書くのを止めないとなれば、X氏は強行手段にでるかもしれない。それがどんなものかオレには想像もつかなかったし、また考えたくもなかった。
『404 Blog Not Found』
数日後、オレが日課のように『クライモリの部屋』を覗くと、そんな文字がモニターに映し出された。