メンタルケア
6 2013/10/01
「依頼人は誰だと思う」
多々木さんに訊かれたが、オレにはさっぱりだった。それでも、わかりませんという回答だけは避けなくてはいけない。
「……クライモリ本人、ですか」
「ほう。仮にそうだとして、彼が我われになにを頼むというのかね」
「……売れない小説を売るための、アドバイスというか」
言いながらオレは顔から火が出そうになった。でも、ほかに考えつかないのだし。
「ほう、彼は小説を書いているのか」
「えっ、知らなかったんですか」
呆気にとられるオレ。そして、しれっと言われた。
「知らないよ。ボクはブログを読んでいないから」
多々木さんがブログを読まずにオレに丸投げしたことは、まあ想定の範囲だった。だが、ブログの中身が小説であることすら知らずに、なにかしらの依頼を受けることなど可能なのだろうか。
「まあいいや。かりにクライモリが依頼人だとして、彼はうちに費用を払えるのかな。売れていないんだろう?」
「うっ」
オレはぐうの音も出なかった。が、咄嗟に別の案が浮かんだのでそれを伝えた。
「あっ、わかりました。依頼人は彼の親です。息子がいい歳して働きもせず、実家でくすぶっていることを嘆いて……」
「それでボクに依頼を?」多々木さんは怪訝そうな顔をした。「悪いけど、ボクは道徳心に厚い教師でもメンタルケアの専門家でもない。息子さんを矯正するなんて、できる気がしないしお断りだよ」
どうやらハズレらしい。もう、お手上げだった。
「なるたけシンプルに考えることだ、ヤマゲン君。誰かがお金を払って、探偵のボクに依頼するんだよ。当然誰かの利益にかかわることだろう」
多々木さんは続けた。
「利益ってのは、なにも売れない小説を売るとか、人生相談に乗るとかいうことだけじゃないはずだ」
「利益……」
「そう。誰かの利益について考えるなら、不利益についても考えないとね。いまのは、すごいヒントだよ?」
「あっ」
オレは思わず叫んだ。思い当たるふしがあった。
「クライモリはブログのなかで、某宗教団体のことをあからさまに非難していました。それが団体にとっての不利益ですね!」
多々木さんが満足そうに頷く。
「正解。さ、ケーキを買ってきたから、お茶にしよう」
若林さんがお茶を淹れてくれているあいだ、オレは多々木さんに耳打ちした。
「なんだか、若林さんまで残業につきあわせて、申し訳ないです」
「気にしなくていいよ。予定があったら、彼女はとっくに帰っている」多々木さんは笑った。「結局のところ、彼女はすべての案件を文書に残さないといけないから、話に加わってもらったほうが早い」
そして、
「情報の共有ってのは大事でね。とくにこの少ない人数なら比較的スムーズだ。遠慮は要らないから、キミもどんどん発信してくれていい。五月蝿いくらいに、ね」
三人分のティーカップを盆に載せて彼女が戻ってきた。
ケーキをつつきながら彼は話を再開した。
「ヤマゲン君に慣れてもらうために、ちょっと意地悪な質問をしたけど、そろそろ本題に入るとしよう。今度の依頼人は某宗教団体の関係者だ。かりにX氏としよう。X氏の依頼は、ずばりクライモリの居場所を教えてくれ、だ」