ワカメっ毛
2 2013/09/26
面接の日がやってきた。株式会社スパンキーとかいう、得体の知れない会社だ。
オレは履歴書を準備して、ひさびさにスーツを着て出かけた。わりとローカルな駅で降りて、目的地まで一〇分くらい歩いた。
予想どおりの雑居ビルだった。つーか、これってビルなのか……。一階がほか弁で、その二階だった。二階しかなかった。よくある、町の会計事務所みたいな感じだ。
階段を上がって行くと、社名のプレートが貼ってあるドアにつき当たった。オレはひとつ深呼吸し、呼び鈴を鳴らした。
ガチャリとドアが開き、男が顔を出した。
「あ、もしかして山元さん?」
男はフランクな感じで言った。
「おーい、ワカメっ毛。山元さんが来たよ、お茶だしてーっ」
男が大きな声で言うと、部屋の奥から「はーい」と返事があった。誰だ、ワカメっ毛って……。
「やあ、よく来てくれました。ボクはこういう者です」
言いながら男は名刺を差し出した。
【株式会社スパンキー 代表取締役 多々木一 Hajime Tataki】
たたきはじめ、というらしい。ローマ字がなかったら、ちょっと読めそうにない。
「本日面接にうかがいました、山元聡ともうします。よろしくお願いします」
オレはすすめられたソファから立ちあがって言った。ここはパーティションで仕切られただけの、お世辞にも応接室とは呼べないスペースだった。
「失礼します」
声と同時に女性があらわれた。盆に湯飲みをふたつ載せている。彼女がつまり、ワカメっ毛だろう。
「秘書のワカメっ……若林くんです」
「若林です。よろしくお願いします」
女性はぺこりと頭を下げてから去った。あの電話の若林さんか……イメージと違った。まあ、彼女のことは今はいい。目の前の男に集中だ。
「えっと、うちの募集はなにで知ったの?」
当然の質問だったが、オレにとって簡単な質問ではなかった。
「それが……はっきりと憶えていないんです。自分の字で、御社の連絡先と職種と、時給だけメモしてありました」
オレは正直に言った。われながら恥かしかった。
「ほう、それは興味深い」多々木氏は目を輝かせた。「うちは信用にかかわる商売をしていてね。滅多やたらに声をかけているわけじゃないんだ」
「はあ」
答えようがなくてオレは黙った。
「山元さんって、これまで、なにをやってた人?」
「派遣です」
「ずっと?」
「そうです、一〇年以上」
「なるほどね……」
多々木氏はうんうんと頷いた。
「うちも、労働者派遣事業の許可、とってあるんだよ」
「え、じゃあ派遣会社なんですか、ここ」
「残念ながら、まだ実績はないけどね」
そう言って彼はニッと笑った。
「まあ、いいや。じつはね、山元さんのお名前はあらかじめ聞いていたんだ」
やっぱり、とオレは得心した。
「一体どこから」
「悪いけどそれは明かせない。信用にかかわるもので」
「それは……」
「キミも、うちの名前の出処を知らないようだし、お互いに痛み分けってことで、いいんじゃないかな」
オレは言葉を失った。これはつまり、仲介人不明のお見合いみたいなものか。
「どうだろう、キミさえよければ、ぜひうちで働いてもらいたいんだけど」
「えっ、オレでいいんですか」
はっは、と多々木氏は笑った。
「たしかに、気味が悪いよね。キミはうちの会社のこと、なにも知らないんだから。でも、うちはキミの実力を把握している。信用のおけるルートから、名前をいただいているわけだから」
「そのルートは明かせない、と」
「残念だけど。でも、キミもこの業界が長いんだから、わかると思う。良い人材として名が通るのは、悪いことじゃない」
そう言って多々木氏はお茶を啜り、またオレにもすすめた。