スパンキー
1 2013/09/23
いつかこんな日が来るだろうことは、うすうす勘づいていたが、意外と早かった。オレは先日、仕事をうしなった。三五歳にして無職になっちゃった。
オレは派遣が長い。大学卒業後、正社員として働いたのは二年あるかないかで、その後はずっと派遣だ。
派遣はオレに合っていた。気楽だし、給料もバイトなんかより遥かにいい。それにひとつの仕事に縛られることなく、いろんな職種や職場を経験することができる。
オレは自由気ままに飛び回っていた。この歳までは。
派遣の現場が突然終了になるケースは、これまでにも経験していた。そういった場合でもオレはたいして焦ることなく、すぐ次の現場を見つけてこられた。そう、この歳までは。
やはり年齢というものは相当ネックだ。オレはこの業界では、それなりの経験とスキルがあると自負している。だが、世間の目は予想以上に厳しかった。年齢でまず弾かれてしまう。
オレもバカではないので、すぐ生活に困窮するほど蓄えがなかったわけではない。だが、仕事に就かなければいつかは枯渇してしまう。正直、焦りはじめていた。
その求人広告をどこで目にしたか、はっきりと思い出すことができない。
アパートのポストに入っていたのか、街で配布されているのを受けとったか……それくらいしか考えられないのだが、現物が残っていない。
【時給1600円 営業事務 090-XXXX-XXXX】
オレの字だった。だからつまり、オレが残したメモだ。それなのに出処がどうしても思い出せない。怖っ。
だが、時給一六〇〇円というのは悪い金額ではなかった。場所が書かれていないのが、ちと不安だが、電話で聞くしかないだろう。
オレは勇気をだして電話してみた。
「お電話ありがとうございます。株式会社スパンキーです」
電話の声は女性だった。
「あ、あの……求人広告を見た者ですが」オレは恐る恐る言った。
「はい、ご応募ありがとうございます」
「えっと、営業事務の募集を見たんですが、じつは、そちらの会社のことをよく知らないもので」
「構いませんよ。会社説明は、面接のときにさせていただきます」
「あの、ホームページとか、ないんですか」
「ただいま立ち上げているところです。まだ若い会社なんですよ」
「わかりました」オレは言った。「では、さしあたって、住所を教えてもらっていいですか」
電話の女性が言った住所をメモに書き加えた。意外な場所だった。都内ではあるが都心ではない。むしろベッドタウンだ。地域密着型の企業なのだろうか。
「それでは、近々に面接に来ていただけますか、山元さん」
「あ、はい……」
言われるまま、あさっての午前一〇時に面接を組まれてしまった。話がはやい。
「それでは、お待ちしております」
「あ、すいません」オレは慌てて訊いた。「お名前を」
「若林と申します」
なんとなく腑に落ちないまま電話を切った。それから三〇分くらいして、オレはようやく違和感の正体に気づいた。
若林という女性は、山元さん、とオレのことを呼んだ。はたしてオレは自分の名を言っただろうか。
記憶が定かでないが、たぶん言っていないような気がする。すると、彼女はオレのことを知っているのだろうか。知らないまでも、オレの名前と携帯の番号くらいは事前に登録されていた可能性がある。
なんだか妙な気分だった。スパンキーとかいう会社、以前にコンタクトがあったか……。
思い出せなかった。