ドラゴンメイデン~ある下僕の日記~
わたくしは――、月星教会の総本山がございます霊峰の宮にて、その信仰対象である双児女神様お二人にお仕えする執事長であります。
――ちなみに、黒い執事服にモノクル、白髪に白い口ひげのイケジジイでございますよ。……フフフ(不気味な笑い)。
その日も、わたくしは朝日が登る前に起きて、支度を整えた後に我らが御主人様がたの部屋へと向かいました。
それはわたくしにとってはいつもの日常であり、わたくしにとっては時に死に最も近い瞬間なのであります。
トントン……。
わたくしがドアをノックして声を掛けます。
「御主人様――、おはようございます。……朝のお支度に参りましてございます」
「う、ん……? 入って……」
「ふむ……、その前に……」
静かに頷いてからわたくしは再び声をかけます。
「いつもの身繕いはお済みでしょうか?」
そういって確実に確認いたします。そうしなけれなならぬ理由がございます。
「……入っていいって……言ってるでしょ?」
ちょっと不機嫌そうなエストレーラ様の声(無論、聞き分けられますとも!)がいたしましたので、わたくしは満を持してその扉のノブに手をかけました。
そうしてわたくしが扉を開いてお部屋に入ると、そこにはまさしく!! 至上の楽園!! ……が存在しておりました!!
「おはよう……下僕……」
「……あ……執事長、まだ準備できて……」
「……ヘブン!!」
わたくしは、その鼻や口から血を吹いて倒れました。――無論、致命傷でございます。
「……いきなり血を吐いて倒れたわ、姉さま……」
「……。エストレーラ……、執事長を死出の旅に送ろうとするのは辞めなさい……」
そういって二人して呆れ果てた様子でわたくしを見る双児女神様。なぜに私がこのように血を吐いたのか?
その理由は、その豪華極まりないベッドに寝そべるお二人が……、黒いレースの下着姿にて、眠そうな目をわたくしに向けているからであります。
「……」
一瞬、意識が天国への階段を登り始めて、何とか踏みとどまります。
このような試練……、我が最愛の妻と娘のために――乗り越えてみせましょう!!
……消え去れ死神め!!
即座に死神を討ち滅ぼしてから立ち上がって、わたくしは恭しく頭を下げました。
「……お、はよう、ございます(吐血)」
「……さすが頑丈ね、姉さま……」
「執事長……、大丈夫……?(無表情で頭撫で)」
――と、まあ……、
我が目の前にいらっしゃるこのお二方こそ――、我が至高の御主人様でございます。
長い銀髪に赤い瞳。頭に竜角を持ち、さらには黒鱗の竜尾を持つ少女の姿。
【根源魔種】の最強格である二柱――、【玄鱗龍姫】にして、月と星を司る神性と解釈される古代【魔種】。
その名も――、姉【ルア・ベレーザ】、妹【エストレーラ・ベレーザ】、――様方でございます。
そして今日も――、わたくしの、双児女神様がたとの日常が始まるのでございます。
◆◇◆
さて――、わたくしがお二人のお支度を手伝い、朝食の場へと共に向かって後――、食事を終えたお二人を見送ってから部下である使用人たちに二三指示を出して、そのまま一旦自分の個人的な作業に移ります。しばらく帳簿作業を行っていた私の耳に、聞き慣れたベルの音が響きましてございます。
「……これは……エストレーラ様?」
わたくしは一瞬ためらってから(失礼ながらエストレーラ様は何かと自由気ままで問題が多いのです)――立ち上がってベルのした場所へと向かいました。
そこに不機嫌そうに椅子に座って私を見下ろすように睨むエストレーラ様がおりました。
「お呼びでしょうか? エストレーラ様……」
そうして恭しく頭を下げるわたくしにエストレーラ様は言いました。
「……脚がこったから揉みなさい……下僕……」
「……。はい?」
一瞬の絶句の後に聞き返すわたくしに、とても冷たい視線を向けながらエストレーラ様は言いました。
「聞こえなかったの下僕? 脚を揉みなさい……」
「……」
――コノクソガキ……!
「……下僕……」
わたくしは彼女の前に跪いて、そのお御足を揉み始めました。
「……やっぱりこれね……」
「……」
わたくしはひたすら無心で揉みます。
――瑞々しくスベスベで……、あまりにも柔らかいその感触が、不意にわたくしを意識喪失に誘おうとするからであります。
「……あ……」
不意に放ったエストレーラ様の喘ぐような声に、わたくしの思考が真っ白になりかけました。
――お願いですから、変な声出さないでくださいエストレーラ様――死んでしまいます(←妻子持ち)。
そうして彼女のワガママに答えるのも、執事長としての日常なのであります。
◆◇◆
その日の昼は、少々いつもとは趣の違う事がありました。
そう――、不意にエストレーラ様が仰ったのです。
「美人コンテストをするわよ……」
「……はあ……」
わたくしの力のない返事にエストレーラ様が睨みを返します。
「今から街でイベントを開催するって言ってんのよ……」
「……今からでございますか?」
いきなりの事に困って姉であるルア様の方を向きます。
ルア様は一瞬わたくしと視線が重なって――、小さくため息を付いて首を横に振りました。
「……イベントはいいのですが……、何故に美人コンテスト? 昨今は色々コンプラ的に……」
「……」
睨まれました……怖いです。
「いい? 色々、情勢的に笑顔が消える事の多い世界で……、我が領地内では笑顔が必要なのよ……」
「……それはまあ、確かに……」
「……で、私達ならばやはり……美しさ関連での楽しいイベントをするべきだと思い立ったのよ!!」
その言葉に少し考えてから私は答えました。
「分かりました。皆のため……、そうおっしゃるのならば……」
「……そうよ……、下僕は……、笑顔でいるほうがいいでしょ?」
少し頬を赤らめてわたくしを見下ろすエストレーラ様。
――まあ、理解しておりますとも……、御主人様。
そして、お二人の魔法も利用した準備が行われて――、その一時間後には霊峰麓の街にイベント会場が出来たのでございます。
――そして……。
「……あの……エストレーラ様?」
「……何? 下僕……」
「賞金がかなり高額で……、国家予算規模なのはとりあえず……、置いておく(駄目でしょ?!)として……」
エストレーラ様は、何故かわたくしの顔を見てはくれません。
わたくしはかまわずエストレーラ様に訴えました。
「……エストレーラ様が出場したら……賞金の意味が……」
「……」
ルア様はもはや無表情で出場者に対して手を振り。エストレーラ様はそっぽを向いて口笛を吹いておられます。
――コノクソガキ……!
ビシ!
わたくしはその愛らしさに、怒りを向ける先を喪失してお二人に背を向けて手袋を地面に放りました。
とりあえず気を取り直して会場を見ると――、その出場者に違和感を持ちました。
「エストレーラ様……」
「……何? 下僕……」
「……何故に……、ムキムキマッチョマンまで出場しているのですか?」
エストレーラ様は静かに振り返ってわたくしにおっしゃいました。
「……人間の美しさに男女差なんてないわ……」
「……」
――わたくしはそのエストレーラ様の言葉に少し微笑み……、そして頷きました。
と、その時、会場から何やら歓声が上がりました。
――その歓声に振り向いたエストレーラ様が、なんと……絶句した表情を見せました。
「……あ……、あの出場者……、執事長の奥さんね?」
ルア様が笑顔で我が妻に手を振ります。――わたくしは――、してやったり、……と言う表情で笑いました。
「……く……あの娘……。そうか!! ジャンル違い!!」
エストレーラ様がわたくしの方を振り向いて睨みます。
「下僕……、謀ったな下僕!!」
「君はいい御主人様であったが、君の姉上がいけないのだよ(←ルア様が貴方の奥さんも出場させましょ、と言った)……フフフ、ハッハッハッハ!」
そのような光景を、会場に立つ我が妻――、もはや実年齢に似合わない人間離れした大人の美しさを讃える【玄鱗龍姫】の女性は……、少し困った笑顔で見つめていた。
(――また……アナタってば、トンチキな事を……)
◆◇◆
その夜、月が雲に隠れたその時、酒に酔って町中を歩く男の前に黒い影が現れる。
――それは、凶暴な魔力を全身から発した異形の魔種であった。
「ひいいいい……!」
男はそれを見て腰を抜かして逃げ惑う。――それに向かって魔種は鈎爪を振り上げた。
「げあああああああああ!!」
「……ひいいい!! 誰かたすけ……」
――と、不意に魔種の動きが止まる。目前、男を間に――、黒い執事服を着た老人が懐中時計を片手に立っていた。
「……貴様……」
その魔種が意味のある言葉を発する。
それに対して黒い執事服を着た老人は――静かに恭しく頭を下げてから言った。
「夜分にご苦労さまですな……、どこかしらの【根源魔種】の配下の方……」
「ぐああああああああ!!」
魔種が叫んで――酔っ払いを無視して――、執事服の老人に襲いかかる。――しかし……、
トン……。
執事服の老人の姿が魔種の背後に現れて――、その魔種の両腕が肩から落ちる。
驚く酔っぱらいの前で、執事服の老人は懐中時計に眼を向けながら魔種に呼びかけた。
「最近とみにこういう手合いが増えましたが……。とりあえず貴方の所属……、主である【根源魔種】をお応えください……。制限時間は三分でございます……」
――では、初め!!
そう言って微笑む執事服の老人――、双児女神の執事長――、かつて彼女らに【救世主】として異世界から呼ばれた【彼】は――、
――月下にそのモノクルを輝かせた。
◆◇◆
※ 以下、間を空けてキャラクター解説(内容的に物語の雰囲気を壊す可能性があるので、ご了承の上読んでください)。
★エストレーラ・ベレーザ:
【魔種】の一種族である【玄鱗龍姫】に属する古代【魔種】――【根源魔種】。
双児の姉を持ち――、性格的に静かで大人っぽく――そして支配者としての威厳と母親の慈愛を示す姉【ルア・ベレーザ】とは違い、かなり活発的で幼い少女のような性格をしている。
人間を下僕と言って憚らず、上から目線で女王様的で、さらにツンデレという色々盛り過ぎな性格であり――、ルア様に比べて極めてノリが良いので、ルア様とは別のベクトルで人間たちに愛されている愛らしい竜の乙女である。姉が大好きで「姉さま」と呼ぶ。
【玄鱗龍姫】としての全能力は姉【ルア・ベレーザ】と同じである。
なかなかにいたずらっぽい御方なのでマトモに付き合うととても大変ではあり、さらには機嫌が悪いととことん冷たい態度を示す(そこが良いというド変態もいるがw)。支配者ぜんとした姉に比べて話しやすい……と感じる人も多いが、やっぱりそこはただの好みの問題かも知れない。
【月星教会】においては【星を司る神性】とされており、【星の光は導となる……】と彼女を示す賛歌に歌われ、【星の女神の祝福は、喜びと希望を示す光である……】という意味が語られている。




