(6)焼け木杭
さて、パイロットの雑な操縦のため2度3度バウンドして着陸したボーイング747はカイロ空港のターミナルビルに右往左往しながら横づけされました。
ボーディングブリッジの蛇腹が伸びて乗降口に密着します。
ドバイで乗り換えたアラビアンナイト航空には、ほぼほぼアラビア人しか乗っていなくて、ベルト着用ランプが消える前から席を立って乗降口に殺到する客ばかりで、既に通路はぎゅうぎゅうです。
通路側の闘四郎は荷物を取り出そうとして立ち上がりかけましたが、ヒジャブを被った太ったおばさんに押し返されてバランスを崩しました。
わざとではなかったと思いますが、闘四郎はとっさに蛍の両肩を掴みました。
荒々しく掴まれた蛍の両肩に闘四郎の体重が乗ります。
倒れそうになる闘四郎の身体を思わず抱きしめる蛍。
別れてから一度も思い出したことのなかった闘四郎の体臭が匂い立ちます。
「やばいかも」
蛍は心の中で呟き、慌てて闘四郎の身体を押し返しました。
一方闘四郎は闘四郎で、蛍の華奢な肩と昔より大きくなった胸の接触が脳みそをとろけさせるのを驚きとともに感じていました。
蛍がアイロンズを脱退してから、闘四郎は何人もの女性と付き合ったり付き合わなかったりしましたが、蛍の影が薄くなることはありませんでした。
ベッドの上や下で最後の瞬間を迎えるとき、いつも蛍の顔が脳裏をよぎるのでした。
今、ふたりの顔は至近にあり、昔むさぼり合った舌のように、お互いの視線を絡め合わせています。
「蛍ちゃん、荷物どこに入れたの? アタシが持ってあげるわよ」
その時、通路の反対側に座っていたキースが蛍に声を掛けました。
蛍は闘四郎の視線を振りほどき、ヒジャブの女性の向こうのキースに言います。
「大丈夫、デイパックだけだから。ありがとう」
「そう? 困ったことがあったら直ぐにアタシに言ってちょうだいね」
二人の様子にそれとなく注意を払っていたキースが、二人の怪しげな雰囲気を察して声を掛けてくれたのでした。
キースの隣で『重力の虹』の文庫本を読んでいたジョッキが顔を上げて通路の向こうの二人に視線を向けます。
何となくおろおろしている蛍と、まだ蛍を見つめている闘四郎が目に入ります。
「??」
ジョッキがアイロンズに加入したのは2年前ですので、昔の二人の関係を知ることはありませんでしたが、何やら感じ取るものがあったようです。




