(最終話)逃避行
それは、最上階からスッキリした顔で戻ってきた蛍でした。
ベッドの上では闘四郎と知らない女の子が寄り添って毛布にくるまって寝ています。
こういう光景は蛍にとっても初めてではありません。
蛍と闘四郎が付き合っていた十数年前には、この後、修羅場が演じられたものでした。
闘四郎に殴り掛かり、隣の女の子とは髪の毛を掴み合い、罵り合ったものです。
しかし、この日、蛍は自分でも不思議なくらい冷静でした。
蛍は二人を起こさないように、空いていたもう一つのベッドに滑り込みました。
程なく、蛍は深い眠りの底に真っすぐ沈んでいきました。
蛍は夢の中で目を覚ましました。
ギターをかき鳴らし、シャウトしている自分がいます。
ベースを弾く圭がいます。ドラムのネルがいます。キーボードのココもいます。
家族のバンドでライブハウスのステージに立っているのです。
――ここなんだわ――
蛍は思いました。
――ここが私の一番大切な場所。絶対に失ってはならない場所――
熱狂する観客の中に闘四郎がいました。
蛍は目で合図しました。「来てくれてありがとう」
でも、もう気持ちが引き寄せられることはありませんでした。
――私の気持ち、やっと闘四郎から逃げ切れたんだな――
蛍は家族と視線を合わせ一緒に熱唱します。
ねるねるねーる ねるねるねーる
ねるねるねーる ねるねるねーる
【終わり】




