(24)杭打ち時雨茶臼反り観音スパイダー顔面騎乗四十八面体
「ちょっと待ってて下さい!」
ジュンがジャグジーを飛び出して部屋に入って行きます。
そして、戻ってきたジュンが手にしていたのは、印刷されたままの性交同意書、ボールペン、10年間常にデイパックの底に忍ばせておきながら、封の切られることの無かったラテックス1ダース入りの箱でした。
遠くでカラスがカアと鳴きました。
「ジュン君、あなた焦りすぎよ、だからあなた……」
「それはもう最初に宣言してあったはずです。どうせ僕なんて……」ジュンはがっくりと肩を落とし、そこから更に首を落とします。
「ごめん、そんなつもりじゃなかったの」
「でも、僕にだって第三種接近遭遇をした経験はあるんです」
「何それ? もうちょっと詳しく話してみてくれる」
「はい。学生の頃の話です。自動車教習所でちびまる子ちゃんのたまちゃんにそっくりの子と知り合ったんです」
「フンフン」
「眼鏡を掛けてお下げ髪の真面目そうな子でした。
でも、内から滲み出るエロさが隠しきれないんです。
その子はドアーズもピンチョンもアイロンズも知りませんでしたが、何回かデートしたんです」
「結局重要なのはエロさなの? ドアーズじゃなくて」
「えっ、何の話ですか? 今、いいところなんでちょっと黙っててください。
で、4回目のデートの時です。
デートの途中で通り掛かったラブホテルに僕は思い切って右足を踏み出したんです。
初エッチまでの平均デート回数は3から4回なんですよ」
「3から4回か……」
蛍は記憶を手繰り寄せながら、分子に初エッチまでの回数の合計、分母に経験人数を代入してみます。
「確かに!」蛍が感嘆の声を上げます。
「でしょ?」ジュンは得意満面です。
「そしたら彼女も僕の後に無言で付いて来たんです。統計学って凄いなー」
「で、それから?」蛍は興味津々です。
「はい。部屋に入ると僕は彼女に『先にシャワー浴びてきたらどう? 僕は後で良いから』って言いました。そしたら彼女は『いえ、あなたが先に入ってきて』って言うんで『いや、でもこういう時は女の人が先に入るものだから君が先に行ってよ』って言ったら……」
「その辺は省略して。で、どうなったのよ?」
「はい、僕はベッドに彼女を招き入れて十分に愛撫しました。前戯を省略してはいけないってことくらいは、さすがの僕でも知っていました。具体的には……」
「そこも省略」
「そうですか。残念です。前戯の技について僕に語らせたら、一晩あっても足りないくらいなんですけどね」
「あなた、本当に童貞のオタクね。尊敬するわ」
「ありがとうございます。
で、さあ、いよいよって時なんです。
僕は萎えてしまったんです」
「あら」
「それっきり彼女とも会っていません。気まずくて。
多分僕はその……E.T.なんだと思います。
正直またあんな目に遭うのが怖くて。
だから僕は一生童貞でいいんです」
「ごめん、私、童貞、童貞って連呼してしまって」
「大丈夫ですよ。それに一人でするのもいいもんです」
「それ、分かる」
空では星が瞬き始めました。
ライトアップされたピラミッドが神秘的に浮かび上がっています。
その時、夜間モードに自動で切り替わったジャグジーのジェット噴射が止まりました。
泡で隠れていた二人の下半身が、浴槽の内側のライトに照らし出されます。
自分を見失うまいと固くなった自身を握り締めるジュンと、自分を見失ってしまおうと固くなった自身に触れる蛍が、お互いの姿を晒しました。
「蛍さん、僕……」ジュンが悲しげに蛍を見つめます。
「指『は』触れちゃ駄目って言ったわよね」蛍がきっぱりと言います。
「はい」ジュンが情けない声を出します。
「それ、絶対守れる?」
「はい」
「分かった、じゃあ、じっとしててね」
蛍は未開封の箱に手を伸ばしました。
地球の裏側を一周した太陽が反対側から顔を出しました。
蛍がのろのろとジャグジーから手を出します。
指先で探った箱の中はもう空っぽでした。
朝日を受けて黄金色に輝くピラミッドが側台塔回転二側台塔欠損斜方二十・十二面体に見えます。
自分の頭をコンコンと叩く蛍。
その横で未だ崩壊しないバベルの塔を突き立てたジュンが朦朧としながらつぶやきます。
「あれは……杭打ち時雨茶臼反り観音スパイダー顔面騎乗四十八面体……」
ジョンソンの立体の93番目が発見された瞬間でした。




