第8話 港の食堂と“まずいシチュー”
ラグナ港の通りは、朝から活気に満ちていた。
荷を積んだ馬車が行き交い、魚籠を担いだ漁師たちが怒鳴り合い、屋台の呼び込みの声が飛び交う。
「ここだ」
船長が案内してくれたのは、港に面した石造りの二階建ての店だった。
木製の看板には、剣と魚と皿が交差した絵が描かれている。
「船乗りと兵士がよく集まる“ガルドの食卓”だ」
中に入ると、さっそく魚と肉と酒の匂いが混ざった空気が押し寄せてきた。
ざわざわとした喧騒。
テーブルを叩く音。
笑い声。
「おう、船長じゃねえか! 久しぶりだな! 顔色が悪いぞ?」
カウンターの奥から、髭もじゃのマスターが笑いながら出てくる。
「今日はちょっとした英雄連れだ。こいつがいなきゃ、俺たちは沈んでた」
船長に肩を押され、俺は前に出た。
「竹義海斗です。流れ着いた厄介者だと思ってくれればいい」
「海斗か。いい名だ。とりあえず、腹に何か入れな」
マスターが出してきたのは、大きな木のボウルになみなみと注がれたシチューと、固いパンだった。
一口すすった瞬間――俺は、ちょっとだけ顔をしかめた。
(……まずくはない。けど、もったいないな)
塩気が足りないわけじゃない。
肉も野菜も、それなりに入っている。
ただ、煮込み方と火加減が雑すぎて、旨味がバラバラに死んでいる。
「どうだ、ここのシチューは名物でな。港中の船乗りが――」
「マスター」
俺は思わず手を挙げていた。
「悪い。ちょっとだけ、この鍋、触ってもいいか?」
店内のざわめきが、一瞬だけ止まる。
「おいおい、いきなり何を――」「この店の味にケチつける気か?」
そんな視線を、マスターが片手で制した。
「いいさ。言ってみな」
「味が薄いとかじゃない。もったいないだけだ」
俺はカウンター越しに鍋を覗き込み、火の強さを確かめた。
「火が強すぎる。もう少し弱くして、時間をかけていい。肉から出る脂を掬って、最後に上からかけてやるだけで、全然違う」
「ふむ?」
「あと、塩を入れるタイミングを一回だけ遅らせる。そうすりゃ、野菜の甘味がもっと出る」
言いながら、手近な香草と塩壺を借りて、ひと鍋だけ試しに調整してみる。
数分もかからず、香りが変わった。
「誰か一人、味見してみてくれ」
近くにいた船員が、おそるおそるスプーンを差し入れ、一口すすった。
そして、目を見開く。
「お、おい……全然違うぞこれ!」
「なに!?」「どれどれ!?」
次々とスプーンが伸び、店の空気が一気に熱を帯びる。
マスターも一口すすり、数秒だけ黙り込んだ。
「……ああ、悔しいが、うまいな」
「だから言っただろ。もったいないって」
俺は肩をすくめた。
「食材は良い。腕も悪くない。ただ、“ちょっとした知恵”が足りないだけだ」
その言葉が、店の空気をまた少し変えた。
ただの旅人だと思っていた男が、どうやら“本物の料理人”らしい。
「おっさん、あんた何者だ?」
背後からそんな声が飛んできた。
振り向くと、軍服のようなものを着た青年がこちらを見ていた。
腰には剣、肩には海を象った紋章。
「ただの元船乗りだよ。ちょっと料理が好きなだけのな」




