第5話 ボロ船の応急修理と“信頼”
嵐の勢いが少し落ちた隙を狙って、俺は船体の状態を見て回った。
船尾近くの板は、波を食らうたびにわずかにきしむ。
隙間からは、細い水の筋がにじんでいた。
「船底に大穴は開いていないが……このままだとジワジワ沈むな」
現代の船なら、ポンプで排水すればいい。
だがこの船にあるのは、バケツだけだ。
「おい、タールと布、それから古い帆はあるか?」
「え、あ、あります!」
倉庫から引っ張り出されたそれらを見て、頭の中でパズルが組み上がる。
「よし、ここを埋めるぞ。やり方を教える。見て覚えろ」
板と板の隙間に布を詰め、その上から温めたタールを塗りつける。
さらにその上から古い帆布を重ね、ロープで締め上げて固定する。
完璧じゃない。
だが嵐をやり過ごすだけなら、十分持つ。
「な、なんでそんなこと知ってるんだ……」
隣で手伝っていた若い船員が、ぽかんと口を開けた。
「こっちの世界じゃ、皆そんな修理、聞いたこともねえぞ」
「ただの応急処置だ。あとでちゃんとしたドックに入れ。こんなのは本職の仕事じゃない」
そう言いながらも、内心では状況を整理していた。
(やっぱり、この世界の海運技術は相当遅れてるな。
船体構造も、修理のノウハウも、航法も――)
ということは、“やれること”は山ほどある、という意味だ。
修理が一段落したところで、船長がそっと近づいてきた。
「竹義殿」
「海斗でいいよ。長いから」
「……海斗殿」
船長は、一瞬だけためらってから、深く頭を下げた。
「先ほどは、乗員と船を救ってくれてありがとう。
料理も、修理も、航路も――あなたがいなければ、我々はとうに海の底だっただろう」
「まだ沈んでねえだけさ。港に辿り着くまでが仕事だ」
軽く受け流したつもりだったが、船長の目は真剣そのものだった。
「もし、無事に港に着けたら……この船の名にかけて、あなたに礼を尽くそう」
その言葉の重さに、船員たちの表情も変わる。
さっきまでボロ船の一部だった俺が、今はこの船の“仲間”として見られているのが分かった。
(……信頼ってのは、案外シンプルだよな)
命を守る。飯を出す。働く。
それを積み重ねれば、言葉なんかなくても、勝手についてくる。
「礼なら、ちゃんとした厨房と、まともな鍋を用意してくれ。あとは、港の飯屋を紹介してくれればいい」
「……そのくらいなら、いくらでも」
船長は、ちょっとだけくすっと笑った。
「あなたの次の“活躍の場”を探すのも、船乗りの務めだろう」
(……“次”か)
俺は海を見た。
鉛色だった空は、少しだけ明るくなっている。
まだ波は高いが、確かに、嵐は遠ざかりつつあった。
(とりあえず、この世界の“最初の港”までは、こいつらと一緒に行くか)
そこで俺の第二の人生――いや、第二の“航海”が本格的に始まるのだろう。




