第4話 波と風で方位を読む
甲板に戻ると、相変わらず海は荒れていた。
だが、さっきまでとは違う。
腹に温かいものが入った男たちは、少なくとも“動ける顔”になっている。
「船長。今、この船がどっちに向かってるか、誰か把握してるか?」
「…………」
船長は言葉を詰まらせた。
「魔導羅針盤が壊れてからは、風向き頼りだ。だが嵐で風もくるくる変わる。正直、もう分からん」
「見せてみろ、その羅針盤」
渡されたそれは、一見コンパスに似ているが、針の代わりに淡く光る石がはめ込まれていた。
だがその光は乱れていて、一定方向を指していない。
「魔力の流れが乱れてるんだとよ」
近くの若い船員が肩をすくめる。
「さっきの嵐で、精霊が怒ったとかなんとか……」
「精霊の機嫌任せの航海とか、冗談じゃないな」
俺はコンパスを返し、代わりに空を見上げた。
雲の切れ間から、薄い陽光が覗いている。
(太陽高度はこのくらい……風向きは西南西。うねりは北から。となると――)
足元に伝わる波の周期と、船体の揺れ方。
鼻先をかすめる風と、頬に当たる湿気。
海はちゃんと、今の状況を教えてくれる。
「このまま進めば、でかい低気圧の中心に突っ込む。方位を――こっちに振れ」
俺はマストと舵の方向を指で示した。
「こんな角度で船を立てたら、風に流されちまうだろ!」
「大丈夫だ。帆をこう使えば、逆にうねりを受け流せる」
簡単な図を板に描いて見せると、船長の目が変わった。
「……本当に、そんな芸当が?」
「やるしかねえだろ。座して沈むか、動いて生き残るかだ」
船長は数秒だけ迷い、腹を括った顔で叫んだ。
「全員、彼の指示に従え!」
その言葉を合図に、船員たちは一斉に走り出す。
帆を締め直し、ロープを張り、舵輪を押さえる。
俺も舵輪に手を添え、傾きかける船体の“癖”を感じ取った。
(エンジンもレーダーもGPSもない。だが、海と風は、こっちの世界でも同じだ)
なら、やれることは山ほどある。
「いいか、お前ら」
舵輪にしがみつきながら、俺は叫んだ。
「ここから先、俺の言うことはちょっとだけ普通じゃない。だが、ちゃんと“理屈”がある。覚えておけ。これから何度も使うことになるぞ」




