第21話 囚われの森の姫と、初めてのレベルアップ
森の空気が変わったのは、山道に入ってすぐだった。
湿り気が増し、風がやみ、
鳥も虫も音を失う。
(……静かすぎる。これは“魔物の沈黙”だな)
海で嵐を相手にしてきたカイトには、
自然が発する“気配の異変”が分かる。
足を止めた瞬間――
右の茂みが激しく揺れた。
「ガァアアッ!!」
オークが飛び出してきた。
体高二メートル級、丸太のような腕。
船乗りでも一撃で肋骨が砕ける威力だ。
だがカイトは自然に前へ踏み込む。
(まずは勢いを殺す)
槍の石突(反対側)を喉元に突き込む。
――ゴンッ!!
オークの巨体が前に折れ、
その隙に横薙ぎを叩き込む。
――ズガァッ!!
肺から空気が抜ける鈍い音を立て、
オークは倒れた。
その瞬間――
胸の奥に熱が走る。
ピシュッ!
[LEVEL UP]
[LEVEL UP]
(……え? 二段階?)
身体が軽くなり、呼吸が深くなる。
視界が広がる。
まるで別人の身体のようだ。
(転移特典ってやつか……本当にあったんだな)
倒れたオークの死体を見下ろし、
ふと思う。
(……これ、持って帰れたら研究も料理もできるけど、
どうやって運ぶんだ?)
半ば冗談で呟いてみた。
「……インベントリ」
――パシュン。
虚空に黒い裂け目が開いた。
風が吸い込まれるように流れ、
オークの死体がふわりと浮き――
ズボォッ!!
丸ごと吸い込まれて消えた。
「…………マジかよ」
頭の中に感覚情報が流れ込む。
《インベントリ一覧》
オーク(成体)……1
(……すげえ。表示まで出るのかよ)
その時、左の茂みが揺れた。
「ガッ!!」
別のオークの突進。
(こいつ速い!)
カイトは身を沈め、
槍を斜めに構えて膝を狙う。
――ゴキッ!!
膝が逆に折れ、オークが崩れ落ちる。
その後頭部に石突を叩き下ろす。
ドゴッ!!
巨体が沈黙する。
ピシュピシュンッ!
[LEVEL UP]
[LEVEL UP]
[LEVEL UP]
「また上がった……!? どんだけ弱いんだよ俺の初期ステって」
自嘲しながらも、
身体がさらに軽くなっているのを感じる。
(動きが速ぇ……視界が広い……これ、戦闘型の強化だな)
その時――
風に紛れて、切れ切れの叫び声。
「……たす……け……」
(人の声!?)
カイトは走り出す。
強化された足は、
土を滑るように加速した。
茂みを抜けると、
広場のように開けた場所に出た。
そして――中央に倒れた少女を見つけた。
白銀の髪。
光を帯びたような白い肌。
長く尖った耳。
(エルフ……本物だ)
だが状況は最悪だった。
エルフ少女を囲むように、
オークが七体。
「ガァァッ!!」
一斉に襲ってくる。
(仕方ねえ……やるしかない!!)
カイトは槍を握り直し、
地を蹴った。
一体目の喉を突き、
二体目の顎を跳ね上げ、
三体目の腕をいなしながら肘で肋骨を砕く。
――メリッ!!
四体目の蹴りを避けて足を払う。
倒れた首に槍を突き立てる。
――ドシュッ!!
五体目と六体目は同時に。
逆袈裟の斬り上げでまとめて吹き飛ばす。
最後の七体目が後ろから斧を振り下ろしてくる。
(重い軌道……だけど、見える!)
肩を捻り、刃をギリギリで避ける。
そのまま槍を突き上げ――
――ズガッ!!
顎ごと頭蓋を貫いた。
静寂。
ピシュンッ!
ピシュンッ!
ピシュンッ!
[LEVEL UP]
[LEVEL UP]
[LEVEL UP]
「……そりゃ上がるわな、これだけ倒しゃ」
オークの死体を見回し、
全て“収納”と念じる。
――パシュッパシュッパシュン!!
次々に死体が裂け目へ吸い込まれていく。
リストが更新される。
《インベントリ一覧》
オーク(成体)……35
オークリーダー……10
オークジェネラル……3
オークキング……1
(やべぇ……本格的にチートだ)
だが、今はそれより――
少女だ。
両手両足を縛られ、
目を閉じて荒い息をしている。
「……大丈夫か?」
カイトが身体を支えると、
少女が薄く目を開ける。
「……た、食べ……もの……」
弱々しい声。
魔力切れと飢餓で、今にも死にそうだ。
(まずは食わせなきゃ始まらねぇ)
カイトはインベントリを開き、
素材を選ぶ。
(脂のいいキングの腹身……生姜……塩……砂糖……)
小石を集め、即席の炉を作る。
オークキングの脂を落として石板を温める。
じゅわぁぁ……
強い香りが立ち上がった瞬間、
少女の耳がピクリと動く。
「な……なに……この香り……?」
「生姜焼きだよ。元気出るやつ」
肉を並べる。
――じゅっ!!
生姜、砂糖、塩、酒……
焦げる香りが空気を満たす。
少女の表情が震えた。
「これ……魔法……?」
「料理だ。ほら」
焼けた肉をパンに挟み、葉で包む。
少女は震える手で受け取り――
ぱくっ。
次の瞬間、
「…………ッ!!?」
白銀の瞳が見開き――
びくんッ!!
そのまま、
音もなく倒れた。
「……気絶したか。まあ……食わせすぎたな」
カイトは苦笑しながら、
少女を木陰に移した。
夜が迫り、森が再び静まる。
(取りあえず助けた……あとは、起きてからだな)
海の男は、
ゆっくりと夜空を見上げた。




