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ボロ船から始まる異世界大航海 ――おっさん航海士、料理と技術で世界を作り変える  作者: 三好タオ


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第18話 酒場の火花(ひばな)──技術革命の夜

王都・港町。

鉄と油の匂いが混ざり合う、小さな酒場《赤錆あかさび》。


ムラカミ・カイトは、特別教官としての一週間の授業と会議を終え、

ひとり静かに酒を飲もうと扉を押した。


「おう、カイト先生じゃねぇか。奥、空いてるぜ!」


店主の声に軽く手を上げ、奥の古びたテーブルに座る。


今日もまた、士官学校での会議は地獄だった。


「古い航海術こそ伝統だ」

「角度計算など魔術師に任せればよい」

「測量? 必要ない。勘でできる」


(……やってられん)


そんな気分で酒を飲んでいると、

突然、腹の底に響く怒鳴り声が店内を割った。


「どうなってやがる!!

 刃も工具も、ぜんっぜん同じに作れねぇ!

 寸法も角度も、全部微妙にズレる!!

 腕で誤魔化すのも限界だ!!」


樽のような体格、小柄だが筋肉の塊。

黒髭は火花で焦げ、腕には幾つもの火傷痕。


典型的なドワーフ――

しかし、ただのドワーフではない。


店主が低い声で囁く。


「気をつけなカイト先生。

 あいつは《鉄環ギルド》の親方……

 グラン・ドロップハンマーだ」


(……なるほど。噂は聞いたことがある)


ドワーフ最高峰の金属加工ギルド。

その頂点に立つ男だ。


その彼が、酒場でジョッキを叩きつけ叫んでいる。


「手作業じゃ“理想の角度”が出ねぇ!

 角度がズレりゃ強度も落ちる!

 もう限界なんだよ、クソッ!!」


その言葉を耳にして――

カイトの中で「教官モード」がスイと目覚めた。


(角度ね……ここで言っちゃっていいのか?

 いや、言ったほうが……面白いか)


気がつけば自然と声が出ていた。


「角度を測ればいいんじゃないですか?」


酒場の空気が一瞬静まる。


グランがギギギ……と振り返った。


「…………今、誰が言った?」


カイトは手を挙げた。


「俺です。ムラカミ・カイト。

 士官学校で航海と測量を教えています」


グランがズドンと椅子を蹴り、

巨大な足で床を鳴らして近づいてくる。


肩をガシッと掴まれた。


「お前、今なんつった!?

 “角度を測る”だと!?」


「ええ。“分度器”とか“三角定規”とか、

 角度が分かる道具がありますよ」


「フン度……? 三角……なんだって?」


(やっぱりこの世界、まだ角度測ってないな……)


カイトは紙を借り、さらさらと図を描く。


直角三角形、円弧、中心点、目盛り。


「こういう半円の板に“角度の線”を入れるんです。

 ここが0度で、上が90度……」


グランの目が、バチッと見開かれた。


「な……なんだその“線の数”は……!」


「これは角度の目盛りです。

 角度が分かれば、縦と横の“比率”が一定になります」


「……比率?」


別の席から誰かが立ち上がる。


白髭、長身、学者のようなローブ――

士官学校の校長、フロルドだった。


「失礼、聞き捨てならん!

 カイト君、今なんと言った? 角度と……比?」


カイトは図を指しながら説明した。


「直角三角形ってありますよね。

 角度が同じなら、

 どれだけ大きさが変わっても“縦と横の割合”は同じなんです。


 縦の割合を sinサイン

 横の割合を cosコサインって呼びます」


「…………」


「角度が分かれば、高さも距離も全部逆算できます」


その瞬間――


ガタァァァッ!!!


グランが椅子を蹴り飛ばし、両手で頭を抱えた。


「に、兄ちゃん……

 いや、カイトの旦那……

 今の……理屈は……

 ドワーフが百年悩んでも出ねぇ答えだ……!」


校長も震えていた。


「角度から……高さが……!?

 そんな馬鹿な……いや、理屈が通っている……!」


(あ、これヤバい方向にいくやつだな)


カイトは続けた。


「あと、この“縦 ÷ 横”の比を

 tanタンジェントって言って……

 “傾き”を一発で扱えるんです」


グラン「傾きが数字になる!?

 船底の角度、帆柱の傾斜、

 工具の刃の角度まで……全部、数字で!?

 バ、バケモンかお前は!!」


校長は椅子から転げ落ちそうだった。


「天候の“風の変化”も……

 波の“傾きの変化”も……

 角度で、比率で……読める……?」


カイトは静かに続ける。


「もっと言うと……

 変化を扱う考え方として“微分”ってのがあります」


「ビブン……?」


グランも校長も、完全に“ロックオン”されている。


カイトは指で波の形を描いた。


「波が“どれくらい速く”高くなってるか。

 風が“どれくらい速く”強くなってるか。

 船が“どれくらい速く”傾いてるか」


「…………」


「その“変化”を数字で扱える。

 それが微分」


校長の目から涙が一筋流れた。


「……天測術の限界を……超える……

 神は……この酒場にいたのか……?」


グランは笑いながら泣いていた。


「カイトの旦那……

 俺ァ……いま……生きててよかった……!」


カイトは続ける。


「で、積分というのは……その逆です」


舟形の曲線を描く。


「こういう曲線を細かく分けて……

 全部足し合わせると……

 体積や面積が出るんです」


グランが叫ぶ。


「船底の“内部容量”が出せる!?

 浮力が読める……?

 強度が分かる……?

 そんな馬鹿な……いや、理屈が通ってやがる!!」


校長は立ち上がり、テーブルを掴んだ。


「カイト君……!

 士官学校の……

 いや、“王国の海軍”が……!

 変わる……!

 この夜から……!」


グランは拳を突き上げる。


「カイトの旦那ッ!!

 今から俺の工房に来てくれッ!!

 三角も微分も積分も!!

 全部、金属で形にしてやる!!」


酒場は歓声と怒号と震えで揺れた。


カイトは苦笑する。


「いや、俺……普通の説明をしただけで……」


酒場全員

『普通じゃねぇぇぇぇ!!!』


こうして――

この夜は 《技術革命の夜》 と呼ばれることになる。


後世の歴史書には、こう書かれた。


『この日、ムラカミ・カイトと

グラン・ドロップハンマー、

そして士官学校校長フロルドが出会った。

この出会いが、世界の技術史を動かした』


その始まりは、

たった一杯の酒と、一枚のナプキンだった。

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