第17話 初講義――海は嘘をつかない
石造りの大講義室。
窓からは実習用の帆船が並ぶ湾が見える。
新しい潮風が入り込み、学生たちのざわめきが波のように揺れていた。
「静粛に!」
司書官の声が響き、ざわめきが収まる。
前に立つ俺――ムラカミ・カイトは、
黒板の前で深呼吸をひとつした。
(……場違いかもしれんが、やるしかない。)
胸の奥に、銀騎士の胸章の重みが蘇る。
◆ カイト、名乗る
「今日から、この学院で航海術を教えることになった――
ムラカミ・カイトだ。」
その名乗りに、講義室全体がピリッと引き締まった。
「銀騎士の……本物だ……」
「王子を助けたっていう……」
「海の男が先生なんて……!」
ざわめきはあるが、みんな真剣な眼差しだ。
◆ カイトの“最初の言葉”
俺は学生たちをゆっくり見回し、口を開く。
「まず最初に、はっきり言っておく。」
静寂が落ちる。
「――海は嘘をつかない。
嘘をつくのは、“人間”だ。」
学生たちの背筋が伸びた。
「経験しただろう?
『大丈夫だろう』『たぶん行ける』……
そう思った瞬間に、海は牙をむく。」
講義室がしんと静まり返る。
◆ この世界の“危険な海”
「お前らも知ってる通り、
この国の海は死者が多すぎる。」
「……はい。」
「先週も実習船が転覆した。
いくつもの船が帰ってこない。
海図は古く、風の読み方も曖昧だ。」
学生たちは重く頷く。
彼らは全員、“命を懸ける覚悟”を持ってここにいる。
◆ カイトの本音
「だが俺は、
――そんな状態を、もう見たくない。」
声を少し強めた。
「命を失う理由が“無知”であってはならない。」
学生たちの眼が変わる。
真剣、期待、緊張、そして希望。
◆ 風を読む講義
俺は黒板に一本の線を引いた。
「今日は――
お前らに、“風を見る目”の基礎を教える。」
ざわめき、そして静寂。
「風は見えない?
いや、見える。
空、雲、波、潮の色、帆の震え……
全部が“風の言葉”だ。」
学生たちの目が輝き始めた。
「お前らは今まで、風を“感じて”きた。
だが今日からは、“読み”始めろ。」
◆ この世界にない概念
「そして――今日から少しずつ、
この世界ではあまり使われていない考え方を教える。」
「考え方……?」
学生の一人が問う。
「例えば……
角度
三角比
速度の計算
潮と風の相関
こんな当たり前のことすら、日本では中学で習う。」
「ちゅ、ちゅうがく……?」
「この国だと“魔法院の高等課程”でようやく触れるレベルでしょうな。」
後方で校長フロルドが小さく笑っている。
◆ カイトの宣言
「安心しろ。
全部、お前らにもわかるように教える。」
声に力を込めた。
「俺の講義を受ければ、
――嵐の中でも死ななくなる。」
学生たち全員が息を呑んだ。
「これを目指すんだ。
経験任せではない、
『読んで操る航海』を。」
しばし静寂が続き――
やがて、一人の学生が立ち上がった。
◆ 学生の意外な反応
「教えてください、カイト教官!
俺……本当に死にたくないんです!
でも、海が……怖いんです!」
声は震えていたが、決意があった。
「俺もだ!」
「もっと安全に航海したい!」
「教えてくれ、カイト先生!」
次々と声が上がり、講義室が熱気に包まれる。
俺はゆっくりと頷いた。
「――よし。
なら今日から、お前らは俺の“船員”だ。」
学生たちが笑い、拍手が起きた。
◆ 校長のひと言
講義の終わり、校長が近づいて言った。
「ムラカミ殿。
これは……革命が始まるやもしれませんぞ。」
「まだ始まったばかりですよ、校長。」
「ふむふむ……その意気です。」




