第16話 士官学校への道
授爵式が終わった翌朝。
王都の空は澄み渡り、海風が心地よく流れていた。
銀騎士の胸章を制服の内側にしまい、
俺――ムラカミ・カイトは、王宮前の石畳を歩いていた。
隣にはレオン王子。
今日は、王子自らの案内で
“王立オルトマーレ海軍士官学院”へ向かう日だ。
「カイト。緊張しています?」
レオンは軽く笑う。
「まあな。
教えるのなんて、バイトの研修くらいしかやったことないし。」
「あなたなら問題ありません。
むしろ……あなたが来ることを一番喜ぶのは学生たちでしょう。」
「どうだかな。」
苦笑しつつも、胸の奥は静かに高鳴っていた。
◆ オルトマーレ海軍士官学校
王都から少し離れた先に、
広大な湾が開けている。
湾には大小の帆船が並び、
学生たちが実習で使う船が停泊していた。
その奥に――
石造りの巨大な建物が聳えている。
塔、講堂、訓練場、実習船の桟橋……
まさに“海の学府”。
「ようこそ、オルトマーレへ。」
レオンが誇らしげに言う。
「あんたら、こんな立派な学校で学んでんのか。」
「はい。ですが……立派なのは建物だけです。」
「ん?」
「中身は――問題だらけです。」
レオンは顔を曇らせる。
「事故が多すぎる。
実習船の転覆、見張り不足、無茶な航路……
それに、技術が古すぎる。」
「昨日の件も……その一つか。」
「はい。」
この学校には、改革が必要だ。
それを任せたい――国王が言った言葉を思い出す。
◆ 学院長との対面
校門をくぐると、
白髪の老人が、杖を片手に立っていた。
しかしその目は、
老人とは思えぬ強い光を帯びていた。
「おお……あなたがムラカミ・カイト殿。
銀騎士授与、まことにおめでとうございますな。」
「えっと、校長先生ですか。」
「うむ。海軍士官学院長、
“フロルド・ナバール”じゃ。」
レオンが言う。
「フロルド校長は、学院の“頭脳”です。
海の数学も、天測も、全部この方が教えています。」
「ほう……」
「ただし――」
校長が前のめりに言う。
「わしの教えられるのは“古い知識”ばかりでな。
本当はもっと……もっと新しい考え方が必要なのだ。」
「新しい考え方?」
「角度、比、速度、変化……
本来、海は“計算できる”はずじゃ。
じゃが、わしらにはその術がない。」
校長は、俺の目をじっと見つめてくる。
「あなたが救助の際に見せた判断――
あれは“経験”ではない。
“理”を知る者の動きじゃ。」
図星だった。
俺の知識は、
この世界の誰よりも“体系化されている”に違いなかった。
◆ 正式な辞令
「ムラカミ・カイト殿。」
校長が宣言する。
「本日より、あなたを
特別海務教官
として迎え入れる。」
「特別……?」
「正式な教官より権限は強い。
自由に講義を組み、実習を行ってよい。」
レオンが付け加える。
「銀騎士であるあなたは、
政治的にも安全です。
誰も文句は言えません。」
「……責任重大だな。」
「期待しています、カイト先生。」
“先生”と呼ばれ、
くすぐったいような、妙な感情が湧いた。
◆ 初めての教場へ
校長が案内してくれたのは、
海を望む大講義室だった。
学生たちがざわざわと集まってきている。
「聞いたか? あの救助をした銀騎士が教官になるらしいぞ。」
「マジか!? 本物の英雄じゃねえか!」
「教わってみてえ……!」
若い顔、真剣な目。
命懸けで船に乗ることを夢見る者たち。
この世界の“未来”そのものだ。
俺は深く息を吸って、前に立った。
「初めまして。
今日からこの学校で教えることになった――
ムラカミ・カイトだ。」
静寂が落ちる。
「まず最初に言っておく。
俺は、お前たちより強くも賢くもない。
ただ――」
胸章の重みを感じながら言った。
「命を守るために必要な知識なら、いくらでも教える。
俺はそれを“本気”で信じている。」
その言葉に、学生たちの目が変わった。
昨日まで俺はただの船乗りだった。
しかし今日――
ここで初めて、“先生”としての道が始まった。




