第12話 港のざわめき
王子レオンを救助してから、港へ戻る道のりはひどく長く感じた。
風向きは安定せず、潮の流れも複雑にうねっている。
だが、俺が舵を切るたびに船は素直に応え、群青の波を裂いて進んだ。
「船長……すごい……」
アーネストがつぶやく。
「すごいのは船員たちだ。指示通りに動くから船が活きる。」
「……いえ。それでも、あなたは……ものすごいです。」
返事をしようとしたその時だった。
「ん? 港が騒がしいな。」
俺は遠く、港の明かりの周囲に集まる人影に気づいた。
港の船着き場には、信じられないほどの人々が集まり、
誰もがざわざわと落ち着かず周囲を見回している。
俺たちの船が近づくと、ざわめきがひときわ大きくなった。
「見ろ! 帆影だ!」
「戻ってきたぞ!」
「……いや、無理だろ。あの実習船は……」
つぶやきは、半ば諦め混じりだった。
この世界の海では、遭難は珍しくない。
生きて帰る者の方が少ないのだ。
やがて、俺の船が接岸する。
「全員、無事だ!」
アーネストが大声で宣言すると、場が一瞬静まった。
そして――爆発するような歓声が起きる。
「生きて帰った……!」
「嘘だろ……!」
「あの嵐で……全員……!?」
その声に混じって、震えるような声が聞こえた。
「お、おい……あれ……王家の紋章だぞ……!」
レオンが歩み出る。
青いマントの白銀の紋章が、夕暮れの光を受けて輝いた。
「れ、レオン殿下……!?」
「ご無事で……!?」
「神よ……!」
貴族らしき老人が力なく座り込み、肩を震わせた。
兵士たちは慌ててひざまずき、王族としての礼を取る。
だが王子本人は、まっすぐ俺の方を振り返った。
「皆の者。
我々が帰還できたのは、この方のおかげだ。」
港中が静まり返る。
レオンは、胸を張り、はっきりと声を上げた。
「この船の船長――いや、この“海の男”こそが、
私の命を救った恩人だ!」
ひそひそとした声があちこちから湧く。
「恩人……?」
「平民だぞ? いや、あの舵……」
「帆の下ろし方も異常に早かった……」
「あれは……本物の航海士の動きだ……!」
兵士が駆け寄ってくる。
「王子の救助にあたられた方!
至急王宮より使いが参ります!
そのまま準備を……!」
「いや、俺はそんな大層な――」
言い終える前に、レオンが半歩こちらに出た。
「あなたは恩人だ。
王宮へは私が同行する。
父上に直接、あなたを紹介する。」
その目は真っ直ぐで、揺るぎなかった。
……やれやれだ。
俺はただ、沈みかけた船を救っただけなんだが。
気づけば、周囲からは温かい拍手と歓声が上がっていた。
「命が助かったんだ……」
「殿下を救ったのは……あの男だ……!」
「ヒーローじゃないか……!」
アーネストが小声で近づき、言った。
「……あなたは、国を動かしましたよ。」
俺は苦笑しつつ、港の空を見上げた。
あの重たい雲も、いまは少しだけ晴れて見える。
この騒ぎが、
俺の人生をどんな方向へ連れていくのか――
まだ誰も知らなかった。




