第11話 白銀の紋章
夕暮れの海に、低い風の音が響いていた。
俺たちの船の前方――灯台の影から、赤く瞬く光が揺らめく。
「船長! あれ……救難信号、ですよね?」
アーネストが声を張る。
「ああ……だが、おかしい。」
「おかしい、とは?」
「リズムが一定じゃない。
本来の救難信号と、微妙にテンポがズレてる。……訓練不足の奴が出してる信号だ。」
胸騒ぎがした。
嫌な予感というより、 経験が“そう言っている”。
俺は舵輪に手をかける。
「向かうぞ。潮が北東へ速い……流されてる可能性が高い。」
「了解です!」
船は風を切り、信号の方角へ進む。
やがて視界の先に、小さな帆船が見えた。
ぐらつき、傾き、波に飲まれそうなほど不安定だ。
「……ひどい状況だな。横風に完全に食われてる。」
俺は一瞬で判断する。
「アーネスト、帆を半分だけ下ろせ!
カイは右舷にロープを準備!
他の者は衝突に備えて船縁に立つな!」
「「了解!!」」
潮の流れ、風の角度――
全部、計算じゃなく“身体に染みついた感覚”が言う。
距離が詰まる。
傾いた船の甲板に数人の姿が見える。
その中心に、白銀の紋章がついた青いマント。
――嫌な予感が、確信に変わった。
「あれ……王家の紋章じゃないか?」
「まさか!? 王族の……?」
「間違いない。あれは、第三王子の家紋だ。」
アーネストの顔色が変わる。
「し、ししし……第三王子!? レオン殿下!?」
「落ち着け。まずは全員を生かす。」
船は横風の塊に押し潰される寸前だった。
俺は舵を斜めに切り、波の周期に合わせて一気に接近する。
「いまだ! ロープ投げろ!」
カイが叫び、ロープを投げる。
傾いた船から、片腕が伸びる。
爪が、血で滑りながらも必死に掴む。
引き上げると、
その少年は肩で息をしながら名乗った。
「私は……アーク=ザラスト王国……第三王子、レオン・ファルマスだ……!」
息を呑む者たち。
俺は即座に状況を確認する。
「負傷者は!? 船の損傷は!?」
「右舷側……座礁寸前!
風向きが……変わって……!」
「読みが浅いな。風が変わる兆候は、三分前に出てた。」
レオンの瞳が揺れる。
「……わかっていた。でも……対処が遅れた。」
「自分を責めるな。生き残ってる。それで十分だ。」
俺は残る船員を順次救出し、最後に船から降りようとするレオンに言う。
「王子、お前は最後じゃない。
“判断力を持つ者”は、最後まで残る。
それが船の鉄則だ。」
レオンは目を見開き、そして小さく頷いた。
「……わかった。」
全員の安全を確認し、俺は舵を握り直す。
「アーネスト! この海は荒れる。
港へ急ぐぞ!」
「了解!!」
俺たちの船は、夕暮れの海を裂くように進む。
その背後で、沈みかけた実習船は静かに波間に消えた。
甲板でレオンがつぶやいた。
「あなたの判断……あれほど早い人間を初めて見た。
あなたは……一体、何者なんだ?」
俺は肩をすくめる。
「ただの船乗りさ。
ちょっとだけ“経験”があるだけだ。」
レオンはじっと俺の手元を見て、深く深く頭を下げた。
「……あなたに命を救われた。
この恩は、必ず国として報いる。」
その瞳には、王族らしい強さと誠実さが宿っていた。
この出会いが――
後に俺の人生を大きく変えることになるとは、
まだ誰も知らなかった。




