第10話 士官候補生アーネストの質問攻め
甲板に立つと、潮風の向こうに王国港の灯台が見えた。夕日を背にした塔は、海に落ちる光の道をつくっている。
アーネスト――王国海軍士官学校の第三期生と名乗った青年は、そんな景色には目もくれず、俺の横に立つなり声を張り上げた。
「先ほどの操船、見させてもらいました。あの舵の切り返し……どういう計算で?」
「計算ってほどじゃねえよ。風が北東、潮が南に流れてただろ? 船の舳先が食われるから、少しだけ早めに切っただけだ」
「それです! その“早め”の判断基準を知りたい!」
なるほど、こいつは“目”が良い。
士官候補生は机の上で教科書を読むが、海の流儀は体で覚えるものだ。だからこそ、こういう青年にこそ教えたくなる。
「早めってのはな、船の重さと速度で違う。お前の乗ってる軍学校の練習船なら――」
俺は帆と舵の関係、風向の変わり方、波の癖を説明する。アーネストは目を輝かせながら、必死でメモを取っている。
そこへ、若い甲板員のカイが顔をのぞかせた。
「船長、例の“見張り当番”の交代なんですけど……アーネストさんにもお願いしてもいいですか?」
「もちろんだとも!」
アーネストは胸を張る。
……まあいい。実際の海で“生きた見張り”ができるなら、それが一番の勉強になる。
「アーネスト、見張りは“遠くを見るな。変化を見る”って覚えろ」
「変化、ですか?」
「そうだ。波の色が変わった、鳥が急に旋回した、雲の厚みが変化した……そういうのが全部“兆候”になる」
これは水産高校の一年目で叩き込まれる基本中の基本だ。
だが異世界の士官学校では、ここまで細かい教育はされていないらしい。
アーネストは真剣にうなずき、視線を水平線へと向けた。
「……あれは?」
「よし、言ってみろ」
「雲……いや、上層の風が変わりました。あれは――」
「そう、天気が崩れる合図だ。ここの海は変わりやすい。油断するなよ」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、突然、少年たちの腹が鳴った。
「す、すみません……!」
「はは、いい音だ。じゃあ飯にしようか」
料理の準備に取り掛かると、アーネストがまた質問してきた。
「なぜ、あなたの料理はこんなにも士気を上げるのですか?」
「船の上の飯はな、味だけじゃねえ。安心と“帰ってくる場所”をつくるんだよ」
「帰ってくる場所……」
「海は怖いところだ。うまい飯は、明日も頑張る力になる。覚えとけ」
アーネストはしばらく黙っていた。
だがその目は、さっきよりもずっと強かった。
「……あなたの言葉、すべて記録します。王国の海軍にも伝えたい」
「勝手にしろ。ただし、海は教科書どおりにはいかねえぞ」
その時だった。
「船長! 灯台の向こうで、漁船が信号を出してます!」
カイの声が響く。
アーネストが驚いて振り向いた。
「信号? 旗ですか?」
「いや、短く、長く……光だ。遭難信号の規格に近い」
俺はすぐに双眼鏡をのぞく。
間違いない。
あれは、夜間用の救難信号(四級航海の基礎に出るあれ)そのものだ。
「アーネスト、行くぞ。お前にも“本物の救助”を見せてやる」
「は、はい!」
夕暮れの海へ、俺たちは舵を切った。




