アフタートーク:星空の下の宴
(エンディング映像が終わり、場面は再び「失われた星々のサロン」へ。しかし、先ほどの休憩時間よりもさらに照明は柔らかく、リラックスした雰囲気が漂っている。中央のテーブルには、白いクロスがかけられ、温かい湯気を立てる料理や、冷えた飲み物が並んでいる。4人の対談者は、先ほどよりもゆったりとした様子で席に着いている。あすかも少し離れた席で、微笑みながら彼らを見守っている。)
リンカーン:(目の前に置かれた温かいアップルパイを見て、目を細める)「おお…これは、懐かしい香りだ。アップルパイ…妻のメアリーが得意でね。ワシントンでの忙しい日々の中、これが食卓に上ると、心が安らいだものだよ。」
あすか:(そっと近づき)「リンカーン大統領の好物だとクロノスが教えてくれましたので。どうぞ、皆さんで召し上がってください。」
マキャヴェッリ:(リンカーンのアップルパイを一切れ取り分けられ、興味深そうにフォークを入れ)「ふむ、家庭の味か。悪くない。(自身の前の皿を示し)こちらは、我がフィレンツェの味、クロスティーニ・トスカーニだ。鶏のレバーを使った濃厚なペーストを、カリッと焼いたパンに乗せていただく。もちろん、これには良質なキャンティ(ワイン)が欠かせん。」(グラスを掲げてみせる)
カント:(マキャヴェッリの皿を興味深そうに見ながら、自身の前の質素なスープを指し)「私の前には、ケーニヒスベルクでよく食したカルトッフェルズッペ(じゃがいもスープ)が。見た目は地味ですが、滋養があり、体も温まる。食事は、健康を維持し、精神活動を支えるための合理的な営みであるべきですからな。このスープは実に理に適っている。」
ベンサム:(目の前の立派なローストビーフを切り分けながら)「合理性、という点では、このイギリス伝統のローストビーフとヨークシャープディングも優れていますな。タンパク質、炭水化物、そして野菜も添えられている。(ヨークシャープディングを指し)このプディングは、元々、肉汁を受け止めるためにロースト肉の下に置かれたもの。無駄がなく、効率的だ。まさに功利主義的な料理と言えるかもしれませんな。」(少し得意げ)
(4人は互いの料理を取り分けたり、勧め合ったりしながら、和やかに食事を進める)
リンカーン:(マキャヴェッリのクロスティーニを味わい)「ほう、これは濃厚で…ワインによく合いますな。フィレンツェの食文化は奥が深い。」
マキャヴェッリ:(カントのスープを一口)「ふむ、素朴だが…確かに体が温まる。カント先生の哲学のように、骨太な味わいだ。」
カント:(ベンサムのローストビーフを試食し)「なるほど、見事な火入れですな。ヨークシャープディングというものも、初めて食しましたが、なかなか興味深い。」
ベンサム:(リンカーンのアップルパイを口にし)「…これは…素朴ながら、複雑な甘みと酸味がある。確かに、心が安らぐような味ですな。計算では測れない価値も…時には存在するのかもしれません。」(少し意外そうな表情)
(食事を楽しみながら、先ほどの議論のこと、互いの時代の文化や暮らしについて、より打ち解けた会話が続く)
マキャヴェッリ:「それにしても、リンカーン大統領の時代の『民主主義』とやらは、我々の時代の都市国家の共和制とは、また随分と違うものらしいな。」
リンカーン:「ええ、広大な国土と多様な人々を一つにまとめるための、長い試行錯誤の歴史がありましたからな。マキャヴェッリさんの時代のフィレンツェも、自由を求める市民の気概に満ちていたと聞いております。」
カント:「ベンサム氏、あなたの言う『パノプティコン』という監獄の構想は、非常に興味深い。効率的な監視システムというわけですな。もっとも、それが人間の自由な精神に与える影響については、少々懸念もありますが。」
ベンサム:「それは、誤解ですな、カント先生。パノプティコンは、囚人の更生を促し、社会全体の安全という幸福に貢献するための、合理的な設計なのです。決して、精神を抑圧するためのものではありません。」
(和やかな時間は流れ、やがて別れの時が近づく)
あすか:(静かに立ち上がり)「皆様、楽しい時間はあっという間ですが…そろそろ、それぞれの時代へお戻りいただく時間となりました。」
(その言葉と共に、サロン全体に、星のきらめくような、優しく澄んだ音が響き渡る。それは、あすかの持つクロノスから発せられているかのようだ)
リンカーン:(立ち上がり、皆を見渡して)「皆さん、今日は本当に有意義な時間でした。異なる考えを持つ方々とこうして語り合えたことは、私にとって大きな学びとなりました。またどこかの時代で、再び語り合える日を楽しみにしています。」(一人ひとりに丁寧に頭を下げる)
カント:(リンカーンに頷き返し)「リンカーン大統領、あなたの誠実さには感銘を受けました。(ベンサムに向き直り)ベンサム氏、あなたの計算も、時には…ほんの少しは、役に立つのかもしれませんな。」(わずかに口元を緩ませる)
ベンサム:(カントの言葉に少し驚きつつ)「カント先生、あなたの厳格な原則も…議論においては、思考を深める良い刺激となりました。(リンカーンに向かい)感情論も、時には幸福の指標となり得るのかもしれませんな。考慮に入れてみましょう。」
マキャヴェッリ:(ワイングラスを置き、立ち上がり)「ふん、まあ、退屈はしなかった。(リンカーンに向かい)大統領、あまり理想に溺れすぎぬようにな。(カントに向かい)先生も、たまには現実というものを見てみるがいい。(ベンサムに向かい)計算ばかりしていると、足元をすくわれるぞ。(全員に)達者でな。」(悪態をつきながらも、どこか名残惜しそうな表情)
(一人、また一人と、その姿が淡い光に包まれ始める)
リンカーン:「さらばです、皆さん!」
カント:「ご健勝で。」
ベンサム:「では、また。」
マキャヴェッリ:「アディオス。」
(光が強まり、4人の姿は静かにかき消え、元の時代へと帰っていく。サロンには、あすかと、テーブルの上の食べ残された料理だけが残された)
あすか:(誰もいなくなった空間を静かに見つめ、小さく息をつく)「偉人たちの魂は、また新たな物語を紡ぎに帰っていきました…。彼らの言葉が、彼らの想いが、時を超えて、誰かの心に届きますように。」
(あすかは、クロノスをそっと胸に抱き、静かにサロンを後にする。壁の星々だけが、変わらず瞬き続けていた)