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ラウンド4:理想か、現実か・指導者たちの決断

あすか:(スタジオに漂う緊張感を察しつつ、進行を続ける)「思考実験から、より現実的な領域へと議論を進めてまいりました。ラウンド3では、直接的な加害行為に対する皆さんの異なる反応が見られました。しかし、現実の政治や歴史においては、指導者は時に、思考実験よりも遥かに複雑で、重大な結果を伴う『究極の選択』を迫られます。そこで、このラウンドでは、実際に国家や民衆を導いた経験をお持ちの、マキャヴェッリさんとリンカーン大統領に、その経験を踏まえたお考えを深く伺いたいと思います。まずはマキャヴェッリさん、あなたは『君主論』において、時に非情とも言える決断の必要性を説かれました。現実の政治において、倫理や道徳はどのような意味を持つのでしょうか?」


マキャヴェッリ:(待ってましたとばかりに、不敵な笑みを浮かべ)「意味、かね?フン、現実の政治において、いわゆる『美徳』や『倫理』などというものは、せいぜい君主が己の評判を良くするための『見せかけ』に過ぎん。重要なのはただ一つ、国家を維持し、権力を確立し、そしてそれを拡大することだ。そのためには、民衆に恐れられること、敵を欺くこと、約束を破ることさえ必要になる。『ライオンの勇猛さ』だけでは罠にかかる。『狐の狡猾さ』を併せ持ってこそ、激しい権力闘争の嵐を生き延びることができるのだ。」


あすか:「しかし、それでは民衆の信頼は得られないのではないでしょうか?」


マキャヴェッリ:「信頼かね?愛されるより恐れられる方が、はるかに確実だ。人間とは、恩知らずで、移り気で、偽善的で、危険を避け、利にさとい生き物だ。(冷ややかに)彼らを繋ぎとめるのは、愛情のような不確かなものではなく、処罰への恐怖なのだよ。もちろん、無闇に憎まれるのは得策ではないがな。巧みに飴と鞭を使い分けることが肝要だ。(カントとリンカーンに視線を送り)カント先生のような理想論や、リンカーン殿のような感傷は、現実の政治、特に乱世においては、身の破滅を招くだけの甘さに過ぎん。」


カント:(眉間に深いしわを寄せ、強い不快感を示す)「マキャヴェッリ殿!あなたの言葉は、政治を単なる権力闘争と見なし、道徳と倫理を完全に放棄するものだ!そのような考え方がまかり通れば、この世は弱肉強食の無法地帯となり、人間社会の基盤そのものが崩壊してしまう!為政者こそ、誰よりも高い道徳性を持ち、人民の模範となるべきではありませんか!」


マキャヴェッリ:「(カントに向かって嘲るように)先生、あなたの言う『高い道徳性』とやらで、フィレンツェの混乱が収まりましたかな?理想だけを掲げて現実から目を背ける者は、結局何も成し遂げられずに舞台から消え去る運命なのだ。」


あすか:「ありがとうございます。マキャヴェッリさんの冷徹な現実主義、その一端を伺いました。では、リンカーン大統領。あなたは国家分裂という最大の危機において、戦争という道を選び、多くの犠牲の上に国家統一を成し遂げられました。そのご経験から、指導者の決断と倫理について、どのようにお考えになりますか?」


リンカーン:(目を伏せ、静かに、しかし重々しく語り始める)「…私は、戦争を望んだわけではありません。しかし、この国の存立の基礎である『自由と平等』の原則が踏みにじられ、国家が分裂しようとするとき、それを守るためには、戦う以外の道は残されていませんでした。ゲティスバーグで、私は『人民の、人民による、人民のための政治を、この地上から決して絶滅させない』と誓いました。その大義のためとはいえ、南北戦争は…あまりにも多くの血を流しました。若者たちが戦場で倒れ、家族が引き裂かれ、国土は荒廃した…その一人ひとりの命の重さを思うと、今でも胸が締め付けられます。」


あすか:「それは、まさに『最大多数の幸福』のために少数を犠牲にするという、功利主義的な決断にも見えるかもしれませんが…」


リンカーン:「(静かに首を振る)結果だけを見れば、そう見えるかもしれません。しかし、私の動機は、ベンサムさんの言うような幸福の『計算』ではありませんでした。それは、この国が基づくべき普遍的な『理念』…すなわち、全ての人間は平等に創られているという信念を守るための戦いでした。そして、その過程で失われた命に対する深い哀悼と、責任の念は、決して消えることはありません。(マキャヴェッリに向き直り)マキャヴェッリさん、あなたが言うように、指導者には時に非情な決断も必要でしょう。しかし、その根底に人間への共感や、より良い未来への信念がなければ、それは単なる権力者のエゴであり、真の指導とは言えないのではないでしょうか。恐れによって支配された国は、いつか必ず内部から崩壊します。」


マキャヴェッリ:「甘いな、大統領!信念だけでは腹は膨れんし、国も守れん!結果を出せぬ指導者は、どんなに高潔な理念を持っていようが無能の烙印を押されるだけだ!」


ベンサム:(ここで割って入る)「リンカーン大統領の決断は、結果としてアメリカ国民全体の長期的な幸福を増大させたと評価できます。奴隷制の廃止と国家統一は、明らかに大きな『善』をもたらした。その意味で、彼の行動は功利主義の原則に合致すると言えるでしょう。動機が理念であったとしても、重要なのは結果です。一方、マキャヴェッリ氏の言う『国益』は、誰にとっての利益なのかが曖昧であり、普遍的な幸福の原理とは異なりますな。手段を選ばぬやり方も、長期的に見れば社会全体の幸福を損なう危険性が高い。」


カント:「ベンサム氏、結果が良ければ全て良し、というわけにはいきません!リンカーン大統領の目的が高潔であったとしても、戦争という手段を用いたこと自体が、道徳的に大きな問題を孕んでいます。人間の命を、たとえ崇高な目的のためであっても、手段として大規模に用いることは、決して正当化されるべきではない!そしてマキャヴェッリ氏に至っては、もはや道徳的議論の埒外だ!彼の言うことは、政治ではなく、単なる暴力と欺瞞の肯定に過ぎない!」


マキャヴェッリ:「(カントに向かって)ほう、道徳的に正しい戦争など、この世に存在するとでも?偽善も大概にしろ!」


リンカーン:「カント先生、あなたの厳格な原則には敬意を表します。しかし、現実の世界では、時に『よりましな悪』を選ばざるを得ない状況があることも、ご理解いただきたい。何もしなければ、さらに大きな不正義がまかり通ってしまう場合もあるのです。」


カント:「不正義がまかり通るとしても、自らが不正義を行う理由にはなりません!善き意志に基づかない行為は、いかなる結果をもたらそうとも、道徳的な価値を持ち得ないのです!」


ベンサム:「善き意志だけでは、人々を飢えや苦しみから救うことはできない!現実的な結果をもたらす行動こそが重要だ!」


(4者の声が重なり、スタジオのボルテージは最高潮に達する。互いに身を乗り出し、相手を鋭く見据え、自らの信念をぶつけ合う。理論と実践、理想と現実、功利と義務、非情と人間愛…それぞれの立場が交錯し、火花を散らす)


あすか:(少し圧倒されながらも、両手を軽く上げて制止する)「皆さん、皆さん!非常に白熱した議論、ありがとうございます!まさに歴史に残る知性の激突です…!それぞれのお立場、そしてその背景にある経験や哲学が、強く伝わってきました。この熱い議論の続きは…大変申し訳ありませんが、一度ここで休憩を挟ませていただきたいと思います。」

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