かかしの御戯れ
それはいつもより遅い高等学校からの帰り道。
お空にお月様が顔を出している一定の明るさが保持されている夜。
田舎である為コンクリートで舗装なんてされてない道、いわゆる農道を、自転車で漕ぎ漕ぎ進んでいる時の事。
後少ししたら見たいテレビ番組が始まる為、いつもより若干力強く自転車を漕ぎ漕ぎしていた時の事。
月の光で照らされた道に人影が見える。
人が立っていようが僕はペースを緩める気などない。必要もない。
そんなに狭い道でもないので隣を走り抜ければいいだけの事だ。
もしあの人が反復横飛びの練習中ならば僕も泣く泣くブレーキを掛けなければいけないがそんな様子もない。ただじっとその場に固まっている。
しかし近づいてきて思った。こいつでかいぞ。
人が三人横に並んでもまだスペースができるであろう道を、その人影一つで塞いでいた。
しかしここで立ち止まっていたら僕が見たい番組が始まってしまう。始めから見れないと見る気を失くしてしまう性質を持っているのだ僕は。何より疲れているので早く家に帰ってグテェッてしたいのだ僕は。
その時の僕に
人ではないのかもしれない。ブレーキ。
とか
少しスピード緩めたぐらいじゃさほど時間も変わらないか。ブレーキ。
とか
むしろ自転車を乗り捨て己の足だけを頼りに家へと向かうんだ! 乗り捨て!
といった考えが浮かばなかった。それも疲れていたからなのかもしれない。
まぁ先の三つの選択が浮かんでいたとしても実行しなかっただろうが。特に三番目は。
「あぶないからどいてください。轢きますよ?」
これだろうやっぱり。声を掛ける。何て原始的ゆえに分かりやすい行動だろう。台詞が若干物騒だったかなとは思うけど。
「ああすいません止まってください。ここは今私が通行止めしてますんで」
「すいませんどけません。僕は今急いでいるので」
意地と意地のぶつかりあい。互いの尊厳を掛けた知略戦。これを制した者が未来を制す。僕らの戦いの火蓋がここに切って落とされた。
「止まれって言ってるでしょうが!!」
知略戦なんて展開する暇もなく。でっかい軍手をした手で自転車から引きずり落とされた。圧倒的なまでの暴力。驚きです。こいつ力もすごい。ってかやっぱりでかい。幅だけでなく縦もある。身長推定三メートルと僕は見るね。
「何するんですか。いきなり自転車から引きずり落とすとか正気ですか。裁判起こしますよ」
「いいですよ。私人間じゃないですから」
本当だ。よく見るとかかしだ。よく見なくてもかかしだ。
頭は白い布にへのへのもへじ、体は木の棒にボロきれ捲きつけて、手には軍手。麦藁帽子はご愛嬌のあのかかしだ。でも大きさが規格外。お前どこ製だよ?
「そうですか。かかしと知らず裁判なんていってすみません。で、かかしはどのように訴えると国家権力を行使できるんでしょうか?」
ここは冷静になろう。冷静になってかかしを訴える方法を探ろう。
あいにくかかしの友達なんていないから僕に暴力を働いたこのお方にしか聞けないのが癪だけど我慢だ。見ていろかかし。お前を絶対法的処置で裁いてもらうからな!
「いやいや違うでしょ。何でかかしが動いて喋ってでかいんですか? といったリアクションを慌てふためいてが一番妥当かと思われます」
「・・・・・・・」
あぁ。そっか。
「度々すいません。僕は今頭が混乱しているようなのでこういった込み入った話はまた今度にしてもらえますか?僕は一刻も早く帰ってテレビを見たいんですよ。典型的な現代っ子なんですよ。テレビっ子。わかる? テレビ。ほら言ってみて。テ・レ・ビ」
突然頭を小突かれました。でも効果は抜群だ。首がグキッていった。
「いいかげんにしなさい。何故まともなリアクションができないだけでは飽き足らずテレビを知らない設定にされて馬鹿にされなければいけないんですか。私はかかしですよ? かかしとはこの世の全ての事柄を熟知しているものなんですよ? そんな事もわからないとは嘆かわしい。現代に生きる若者とはみんなこうなんですかねぇ、嘆かわしい」
そんな事わかるはずがない。昔の人はかかしが万能有機物体だと教え込まれていたのか。
納得がいかない。最初から時を戻してほしい。
早戻しボタンはどこだ? あのかかしの体にでも隠されているのだろうか?
「わかりましたかかし様。数々のご無礼ここでお詫び申し上げておきます。すみませんでした。」
「うむ。わかればいいんです。私も鬼ではありません。かかしです。別にあなたに暴力を働こうなんて気は更々ありませんのでご安心を」
僕がボロボロなのは気のせいにでもしろっていう遠回しの脅しだろうか。かかしってすげぇ。
「それで僕に何か御用でしょうか? それとも道行く人を夜な夜な攫っては食べ腹をみたし鋭気を養いきたる日の黒き集団との決戦に備えているのでしょうか? つまり僕も今からあなたと一つになるのでしょうか? やさしくしてください痛いのはいやです」
「あなたが何を言ってるのかわかりませんがお聞きしようと思った事があったのです。まぁあなたである必要はどこにもないんですが、たまたまあなたがここを通りかかったからお聞きしようと思っただけなんですが」
「つまり僕が諸事情で学校の居残り掃除をしていたら教師が来て、今日の掃除で三階廊下全て掃除してくれたらお前のギリギリ赤点だったテスト黒くしてやろうという悪魔のような天使のささやきに耳を傾けた結果が無ければこうしてあなた様に捕まる事もなかったと。なんたる不運」
「あなたの担任はいい人ですね」
「僕もそう思います。それでお聞きしたい事とは? 聞きますよ、何でも言ってください」
話の最中に暗闇でも光るデジタル時計で時間を確認したが残念ながらもう番組は始まってしまった。先に言ったように最初から見られないのなら何の意味もない。
しかし録画はしてあるので大丈夫だ、HDDだから高画質だ、家に帰ったらゆっくり見るとしよう。
しかし放送時間に見たかったって思いがあるので少し自暴自棄が入ってきたぜこんちくしょー。
「そうですか聞いてくれますか。あなた以外といい人だったんですね」
「えぇ。皆僕の事をこの仏の生まれ変わりが! と指を差して蔑んでくるぐらいのいい人っぷりなんですよ僕は」
「それは本当だったらどうにかしたいし、嘘だったらどうでもいいですね」
「本当です!」
「どうでもいいですね」
「あれ!?」
そんなこんなで僕は倒れた自転車に傷がないか確認。もしあったらよくも僕の可愛い可愛い自転車を傷物にしてくれたな! なんて言ってみようかななんて思ったけど特になし。僕の自転車は頑丈でした。
かかしさん推定年齢五十五歳(声の渋さから推測)の話を本気で聞こうと、そのまま自転車を止めて、行儀よく直立不動で待機してみた。
「そんな固くならなくてもいいんですけど。とりあえずリラックスしてもらえるかな?」
そう言いながら段々かかしさんは普通のかかしサイズに小さくなっていった。すごい不思議な光景が目の前に展開されている。これは携帯の動画機能を行使したい所ではあるが残念ながら充電要求。こんな事なら暇だからと携帯版連鎖可能の謎の生命体消し去りゲームにハマるんじゃなかった。奴らめ、消されると分かっていて落ちてくるとはなんという自己犠牲精神。むしろそこに生きる意味を感じたのだろうか。深いゲームだよ。
それはそうとリラックスですか。わかりました。
地面にヤンキー座り。口をくっちゃくっちゃガムを噛むマネをして眉間にシワ寄せてタバコを吹かすマネをした。
「・・・それで君がリラックスできるんなら私は何も言う事ないよ?」
なんて言葉とは裏腹に、大きさを三メートルに戻すかかし様。
「ごめんなさい! ふざけたい年頃である自分を恥じます!」
結局直立不動ではない普段の立ちスタイルで話を聞く事に。いきなり大きくなるってのは反則だと思うんだ。心臓止まっちゃったらどうしてくれるんだろう。どうもしないんだろうけども。
「それで聞いてもらいたい事なんですけどね」
「はい。僕みたいな一介の高校生がお答えできる事でしたら何でもどうぞ。度を越えた質問でも謝礼がでるなら話は別ですよ」
「しっかりしてるねぇ。まぁアレの事なんだけどね」
そう言ってかかしさんが木と軍手で構成された手にも関わらず器用に指を動かして指した先は家でした。
「あの家がどうかしたんですか?」
「いやね、壊していいかなって思って。あの家」
一介の高校生が答えられるレベルではなかった。これは謝礼が出るかどうかにかかってきたぞ。
「ちなみに謝礼は出さないよ」
よし、答えられない。
「そういう質問はあの家の住人とかにしたらどうでしょうか? 僕が答えていいもんじゃないと思います」
「あぁやっぱりそう言うよね。ちなみに謝礼を出していたらなんて答えてくれたのかな君は?」
「残念ですがそれにはお答えできません。答えが知りたいのなら過去に遡って謝礼を用意して僕に差し出してください。そうすれば僕を攻略できます。その時はよろしくお願いします」
実際は答えを用意してないだけなんだけど。しかし素直にそう言えないお年頃です僕は。
「過去に遡ってかぁ。アレ疲れるから嫌なんだけどなぁ」
あれっなんか出来るみたいな口ぶりだぞこのかかしさん。
「だったら僕を小学五年生の時の八月二十四日に戻してください。市川という友達にあの日二千円を貸したのにあの野郎借りてないなんて言ってくるんで。証拠を収めて彼に突きつけてやります。そして二千円を利子付きで返してもらいたい。おまけにといち設定にしておけばそりゃもうえらい金額に」
「いやできるのはせいぜい三日前が限界だよ。私のポテンシャルを持ってしてもね」
ちくしょう、人を絶望させるにはその前に幸せをちらつかせるんだって事わかっているぞこのかかしさん。
あなたのポテンシャルがどんなもんなのか全くもって知らないぞかかしさん。
つーかこのままだと二分ほど前の僕が謝礼という言葉に釣られて攻略されてしまう。こんなかかしさんに攻略されてしまうなんてなんか嫌だ。嫌すぎる。
「まぁ遡ってまで聞きたいとも思わないからいいかな。うんまぁとりあえず答えてくれてありがとうね」
どうやらセーフのようだ過去の僕。今度からはもうちょっと言葉を選ぶようにするんだぞ今の僕。
「いえ大したお答えもできなくてすみません。それでは僕はこれで。かかしさんとお話できるなんて貴重な体験ありがとうございました」
さて帰ろう。これが疲れきった僕の頭が作り出した幻覚かなんかだったらどうしようとか考えるのは後でいいや。とにかく帰ろう。
自転車に跨りいざ発進。
「それでは答えてくれたお礼に何故私があの家を壊していいかどうかを聞いたのか、その理由をお話しよう」
そう来たか。正直全く持ってこれっぽっちも興味がないんですけど。
だけど目の前のかかしさんはまるで理由を聞くまでここを通さないとでも言うように僕の前を陣取っている。
ここは強行突破か。でもさっきみたいに大きくなられたらとてもじゃないけど抜けられない。
それならこのまま理由を言い終わるまで待つか。でも絶対長話になるだろうな。いや間違いなくなるな。そんな雰囲気醸し出してるし。今更長話聞いてる気力もう僕にはないんですけど。
「あの家があるとここの景観が私のイメージとなんか違うと思ってね、だから壊そうと思ったんだよ」
短かった! てっきり過去話やなんかが出てきて感動展開するかと思っていたけど驚きの短さだった!
「そうですか。それは素晴らしい理由ですね。それじゃ僕はこれで」
「あぁちょっと待ってくれ」
しつこい。このしつこさは胃もたれ確実のしつこさだよ。しつこさかかしさんだよ。苗字みたいだよ。
「何ですか? これ以上僕を引き止めるというなら結果がどうであれ僕戦いますよ」
そして勇ましく散ってみせよう。
高校生、かかしに戦いを挑み死亡。
どの新聞ならそんな記事を載せてくれるだろうか? 残念ながら僕にはわからない。
「いやぁ、アレです。私と関わったっていう記憶消さないと」
「はっ?」
記憶とは経験した物事を心の中にとどめ、忘れずに覚えていること。また、覚えている事柄の事。脳内辞典参照。それを消すなんてそんな事もできるのかこのかかしさんは。あなたのポテンシャルを今更ながらに理解する僕参上。
「私の事を覚えられていると色々と面倒な事になるんですよ。それにあなたもかかしと喋ったなんて記憶残しておきたくないでしょう?」
「いえ、記憶を消される方が残しておく事より嫌です。嫌すぎです。」
間違って全部の記憶消しちゃった。テヘッ
なんて言われても責任追求すらできなくなるなんて恐怖以外の何者でもない。
「そうですか。わかりました。消しますね」
「ここに来て問答無用ですか!?」
かかしさんの体がまた出会った時と同様、推定三メートルに戻る。そして右手で握りこぶしを作る。
振り上げる。
「それではいきます」
悪い予感がする。というかこれから起こるであろう事が今の僕には手に取るように分かる。
あの拳を僕に向かって振り下ろすであろう事が。
しかし万が一もある。聞いてみよう。
「えっと、一応聞いておきたいんですけど、どうやって記憶を消すんでしょうか?」
「この私の拳とあなたの頭がやさぁしく触れ合う事で生まれる力を利用してなんかなって消します。だから大丈夫です。心配いりません」
やさぁしく触れ合う為に拳を振り上げる意味がわかりません。
「そんな説明で納得すると本気で思っているんだったらかかしさんあなたの考えは間違って・・・」
その時僕は見た。かかしさんの大きな拳が僕に振り下ろされる瞬間を。
説明が大雑把だったのは注意を少しでも拳から逸らす事。
それに気付いた時には僕の頭にかつてない衝撃が。
「じゃあね少年。とても有意義な時間だったよ」
薄れゆく意識の中。
確かにその言葉を聞いた。
農道の真ん中で、状況を飲み込めずボーッとしている僕。
確か掃除を終えて自転車に乗り家に向かっていた最中だった筈。それなのに何でこんな所で僕は倒れているのか。
すぐ隣には愛用の自転車が倒れている。一応傷が無いか見てみるが特になし。僕の自転車は頑丈でした。
推測するに、貧血でも起こして倒れたのだろうか。それとも何かに自転車のタイヤをとられ転倒。そのまま気を失っていたのか。
どれも違うような気がする。ここで考えていても答えが出るとも思えなかった。
辺りは明るくなり始めている。もうすぐお天道様が顔を出すという事は大分気を失っていたらしい。
とりあえず家に帰ろう。そう思いながら自転車を起こす。
「んっ?」
農道の隅っこにかかしが立っていた。頭は白い布にへのへのもへじ、体は木の棒にボロきれ捲きつけて、手には軍手。麦藁帽子はご愛嬌のあのかかしだ。
誰がどう見てもかかしというその姿に僕は何故か苛立ちと懐かしさを覚えた。
近づいてかかしの目の前に立つ。
「チェスト」
テレビで見た空手の正拳突きを見よう見まねでそのかかしのどてっぱらに打ち込んでみる。
「ぐぇっ」
何か声のようなモノが聞こえたが多分カエルか何かの鳴き声だろう。
僕は何故だかスッキリした気分になった。
自転車に跨り、漕ぎ漕ぎ家へと向かう。
途中視線というか殺気のようなモノを感じたけど多分それは僕の意識がまだしっかりしていないからだろう。
こうして僕の一日は今日も平穏無事に終わりというか始まるのだった。
初投稿。思いつくままに書いていたら予定より少し長くなってしまいました。
少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。