競馬をやってみた
友達にギャンブル狂いの男がいるのだが、実に楽しそうに生きている。
彼の名前は丸山という。高校からの腐れ縁だ。
彼の生息地は主に競馬場であるが、パチンコ、スロット、競輪にオートレースなどにも手を伸ばしている雑食だ。昨日もパチンコで3万スったと嘆いていた。けれど、どうせ今日もケロッとした顔で別の台に座っているだろう。
豪胆といえば豪胆、愚かといえば愚か。しかしとても楽しそうなのだ。
ギャンブルの何がそんなにも彼を熱中させるのかと思い、先日彼と競馬に行った。
ギャンブラーの朝は早い。丸山曰く、パチンコ・スロットは朝イチの9時ごろが出やすいらしい。だから朝からパチンコ屋の前に列ができるのだと彼は言う。そんな迷信じみたことが本当にあるのか甚だ疑問だが、朝から打ったときは勝率が高いと言うのだからそうなのだろう。それなら全員朝から打てばいいのにと思うのだが、早起きできないのがギャンブラーなのだろう。
しかし、競馬は機械相手のパチンコと違い動物相手のギャンブルである。時間によって勝ちやすいなどはない。だから難しい。さらにその日の馬の体調や馬場状態にも左右されるのだから、さまざまなことを勉強しなければならない。俺たちはそんな難しい条件の中で勝負しているんだと言う丸山の顔はなぜか誇らしげであった。そんなに勝っていないくせに。
申し訳ないが正直に言おう、私は競馬とは碌でもない奴らがやるものだとばかり思っていた。競馬場では負けた馬券がそこらじゅうに捨てられていて、ビールの空き缶が転がっているような光景を想像していた。
しかし実際は私の偏見とは大きく異なっていた。施設内はしっかり清掃されていて、ところどころ馬券が捨てられていることはあるものの思っていた数倍綺麗だ。レストランやファストフード店もたくさん営業されていて、そんじょそこらのショッピングモールよりも豪華である。そして何より、カップルや若者が多い!!これは一番意外だった。競馬とは歯が一本しかないような世捨て人が馬に罵詈雑言を吐くものだという考えは捨てるべきだ。競馬とは、リア充がやるものなのだ。
「このレースは絶対に2番を軸にしろ、悪い思いはさせねえから」
丸山の言葉を信じた私がバカだった。
「行け!!!!おい、もっと本気で走れよッ!!!!!!」
丸山の絶叫も虚しく、2番は後半に失速し6着フィニッシュ。見事に私たちの馬券はただの紙くずへと化した。
「ふざけんなよこのヤロウ!!!!金返せッ!!!!!」
そう叫ぶ彼の姿は、歯は全て揃っているが私の思い浮かべる世捨て人のそれであった。やはり競馬はリア充だけのものではないらしい。
「次がメインレースだ、一番賞金が高い。ちなみに俺の軸は」
「黙れ、聞きたくない」
私は競馬新聞を広げた。が、初心者に理解できることはそう多くない。辛うじて過去の実績と適正距離が読み取れるくらいだ。どうやら3番と7番と8番の馬が良いように思える。オッズも悪くない。
「まもなく、第11レースの投票を締め切ります」
貧乏ゆすりが激しくなるのが自分でもわかる。どうする、何番だ、何番を軸にする!!
そのとき、朧げながら浮かんできたんです、8という数字が。
これだ!!!私は8番を軸に、馬単・馬連・3連単・3連複を買い漁った。
メインレースだ、ここで全力を出さなきゃ漢じゃない!!!
ファンファーレが鳴り響く。場内の客はみな観客席へとなだれ込み、あっという間に人だかりに飲み込まれる私たち。歓声の中、馬たちはそれぞれのゲートに入り始まりの時を待っている。
「丸山、お前の軸馬は?」
「3番だ」
ふう、と小さく息が漏れた。
「お前は?」
「8番」
「いい馬に目を付けたな、俺も迷ったんだ」
途端に不安になる私。
場内のボルテージは最高潮。熱気で息苦しくなるほどだ。
人々の熱い視線を浴びる中、ついにゲートが開き馬たちが一斉に走り出した!
オオオオオォ!!!という野太い声が場内に広がる。思わず私も身を乗り出す。
あっという間にコースの半分を走り切り、コーナーを曲がりついに彼らが私たちの目の前にやってきた。激しく地面を蹴る振動が私の元にも伝わってくる。なんという迫力か!身体中に鳥肌が立つのを感じる。
気がつくと私は叫んでいた。
「8番!!8番!!!行けえええええ!!!差せええええええ!!!!!」
どよめきが収まらない中、私はじっと電光掲示板を見つめていた。
11R 確定
Ⅰ 3
クビ
Ⅱ 5
クビ
Ⅲ 11
1/2
Ⅳ 8
クビ
Ⅴ 7
換金を終えた丸山が茹で上がったホクホク顔で私の肩を叩く。
「これが競馬さ」
「競馬ってさ……」
私は丸山の顔を見て言った。
「面白すぎるな!!!」
来月また丸山と競馬に行く。負けないように祈っていてほしい。
ギャンブルなんてするもんじゃないね、ハマっちゃう。