王将に行く
高校生の頃、私は「餃子ならいくらでも食べられる」と豪語していた。「いくらでも」というのはまあ誇張ではあるが、「十人前くらいは余裕だなァ」とは本気で思っていた。
ある時これを聞いた奥山という友達が、それじゃあ本当に食べられるのかチャレンジしようじゃないかという提案を持ちかけてきた。本当に十人前を食べ切ることができたなら奢ってくれるが、もし食べきれなかったら私が奥山の食べた分も支払うという条件であった。私はその提案を二つ返事で引き受けた。
決戦は冬休みのある日、金曜日の夜であった。餃子を好きなだけ食べられる、私にとってまさにdreams come trueだ。その日は昼食に小さなあんぱんを食べた以外には何も口にせず、極めて万全の状態である。待っていろ餃子、待っていろ王将!と武者震いをする体と胃袋を宥めつつ、暖簾をくぐった。
週末なだけあって、店内はサラリーマンや学生らしき人で繁盛していた。そんな中、空いていたテーブル席に私たちは座った。向かい合う奥山はニヤニヤと笑っている。バカめ、こいつ俺が十人前も食べられないと確信してやがる。私は彼にニヤリと笑い返した。側から見れば随分と気味の悪い光景だったに違いない。
王将に行ったことのある人には共感してもらえると思うのだが、王将の水はなぜかやたらと美味い。ちっさなガラスコップに注がれたキンキンに冷えた美味い水で口を湿らせ、店員さんを呼ぶ。
「餃子を五人前お願いします」
「じゃあ俺は天津飯セットで」
とりあえず、である。日和ったなどと誤解されては困る。
6×5=30個の餃子が運ばれてきた。直径20センチほどの皿の上にこの世の幸せがひしめき合っていた。くっつきあっている皮と皮を丁寧に剥がし、ちょこんとタレにつけて一口で頬張る。ジュワッと肉汁が口いっぱいに広がり、ニンニクの香りが鼻に抜ける。
これだ!この世の全ては王将に隠されていたんだ!ルフィはまず王将を訪れるべきだったんだ!
そんな感動を胸に二つめを口に運んだとき、嫌な感覚が口内を襲った。どうもおかしい。上顎でマッチを擦られたように、熱くて痛い。
私は恐る恐る舌で上顎を撫でた。だらり、と爛れた感覚がある。
ーーーー火傷だ・・・。ひと口でいったばかりに・・・。
大食いをする際、一番気をつけなければならないのは火傷だ。胃袋がどんなに空いていようが、そこに続く道で大火事が起きていてはどうしようもないのである。幸い私の口内はまだ大火事まではいっていないが、ぼや騒ぎくらいは起きている気がする。
こうなってしまってはもう大食いどころではない。味を感じるより前に痛みを感じてしまうのだ。
しかし私にも意地がある。例の美味い水で患部を冷やしながら、また餃子の肉汁の温度をキンキンの水で下げつつ、なんとか五人前を平らげることに成功した。
天津飯セットをとっくに平らげていた奥山は、相変わらずニヤニヤしながら私を見ていた。
「どうした、水で流し込んでるじゃないか。腹一杯なんだったらもうやめておけよ、金の無駄だろ?」
実際、もうかなりキツかった。予想外の火傷のせいで、過剰に水分を摂ってしまった。お腹はチャポチャポ、上顎はダラダラである。しかし、武士に二言はないのである。
私は店員さんを呼び止めて注文を伝えた。
「餃子を二人前お願いします」
奥山の笑い声が虚しく響いた。
6×2=12個の餃子が運ばれてきた。直径20センチほどの皿の上にこの世の憎しみがひしめき合っていた。餃子のコゲがアブラゼミの羽根のように見えてえずきそうになった。ルフィ、ワンピースは王将にはなかったよ。
この二人前をどうやって胃袋に押し込んだのかはよく覚えていない。気がつけば私は四千円弱を支払って寒空の下にいた。高校生にとっては痛い出費である。
一矢報いてやろうと奥山に向かってニンニクブレスをお見舞いしたが、風で息が戻ってきて再びえずきそうになった。オリオン座が滲んで見えた。