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097_善意だけの

 善意だけの世界創造はあり得るのかな?生み出すことが悪意そのものであるという感触もあったりするんだけれも、悲しみとか苦しみとか、そういうものは生まれてくるから被る災害のようなものであるわけであるし。


 それはまあ喜びとか楽しみもまた生まれてきたからこそ得られるものではあるんですがね、善意だけの存在が、世界を想像するのであるならば、それは善なるものしか存在しないのではないかな?とも思うんだけれども、それは本当、喜びとか楽しみを理解できるのか、感じることができるのか?という問題が出てきるわけで。


 何かと比較しなければ楽しさは感じないのではないか?楽しくないという状態があるからこそ、楽しさが判別できるわけであり、じゃあ、楽しいだけの世界というものはどうなるのか?もう、ハッピーしかないということなのか?そのハッピーさはどうやって感じることができるのか、というか、ハッピーしかない世界というのはどういうものなのか?多幸感しかない気持ちしかない、気分しかない世界というものは、あり得るのであるか?いやまあ、幸福な物質がダダ漏れになっている脳みそしかない世界というのは本当に幸せなのかという問題になるのか?


 そこに苦しみはなく、楽しみと喜び、つまりは快感しかない世界ということなのであろうか、何も思い悩むことはなく、常に快楽とともあるということであるのか、すでに思考すらないのではないか、感情しかなく、論理的とか客観的とか冷静とかそういう動きがないのではないか、もちろん死とか終わりとかもなく、存在し始めてからずっと、幸福しか知らないようなそんな存在のまま、永遠を生きるということなのであろうかな?


 それは幸せなのであろうか?どうなのでしょう、そもそもそれが最初から普通であるならば、実は幸せなのかも知れず、そうでなところから観測するとよく分からない理解できないものであるのではないか?とかになりそうではあり。


 ただ、何者にも侵されずに自由に伸び伸びとただただ幸せな気分に浸れる世界はそれはそれで理想郷のように感じられるのではなかろうかとか、当然すでに完璧で究極に幸せであるのでそこからの変化は全く持ってないということなのではなかろうかなとかは予想できるわけであり。


 到達しているのであるね、理想郷に。


 善意だけの神様が世界を創造するとそのようになるのでありましょうか?もしくは悪意しかない場合がそうなのでありましょうかね?


 何も変わらずにただただ幸せであり続ける世界は、確かに幸せなのであろうかなとか、いや、そこには行きたくないな、とか、行っても良いかなとか、意見が分かれそうではありますが、選択肢がないというのは存外しんどいのではなかろうかとも思うんだよなぁ。

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