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072_とめどなく、

 とめどなく、思考を回し続けることが良いことか悪いことかというならば、これは少なくとも良いことであるのではなかろうかという予想があるのですよね、停止することと運動することとどちらがポジティブであるかという話でもあるんじゃないかとか、いやまあたまには立ち止まることは必要ではあるものの、それでもその状態でもやはり思考は回っていなければならないのじゃないかなとか、思うんだけどもどうだろうか?


 常に考えがあるというのはどういうことであるのかというならば、脳みそを休ませていないということではないのかなとか、睡眠時以外は何らかな思考が回っているということであり、ただそれは非常にエネルギーを使うものではなかろうかということでもあり、省エネではないのではなかろうかというネガティブな感想も得られるわけであり。


 何も考えないことができるのかというならばこれはできるわけであり、おそらくは無意識に思考を停止しているという状態を維持することもできるのではなかろうかなという予想があるわけではあるんだけれども、それは状態としてはあまりよろしくないのではなかろうかという予想もあるんだよなぁ、いやそうではなくそれはそれで、思考停止している状態にメリットがあるんじゃないかという意見もまた、正しいとは思うのではあるけれども、個体歳があるんじゃないかという感じではあるし、何も考えていないというのと、思考を停止している状態とは何か違いがあるのではないかなとか、思ったりもするんだよ。


 ゆったりとリラックスしている思考と、一つのことに凝り固まっているというか何かを繰り返しているだけの思考であるとこれは意味合いが違っているのではないかなとか思うんだよな、つまりは思考停止というのは、あまりにも少ない対象のことをずっと考えている、考えているというよりは、繰り返しているというそういう状態ではないのかなとか、思うわけなんだよな、そこには意味はなく、ただなんとなくそのような状態になっているというだけなんじゃないかとか。


 で、創造というのは、この何も考えていない無我の境地、そういうものがいるんじゃないかなという発想が今浮かんだんだよな、いやまあ、思考を回し続けてどのような世界にするかを考え続けていくことも大事ではあるけれども、一旦それから目を離して、思考を放棄して、リセットして何も考えないようにする瞬間を、いや結構な時間を作るべきなのではないか?とか思ったりするんですよ。


 緊張と緩和が交互にくるようなそういう思考方法が必要になるのではないか、理屈だけで全てを解決しようとすると、がんじがらめになってしまってにっちもさっちも行かなくなるのではなかろうかという予想があったりするわけであり、実際にそうなっている場合もあるんじゃないかなというか、現状そうではないかな?


 何も考えないをするにはどうすれば良いのかという問題は、まあありそうではあるんだけれども。


 難しくないか?

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