023_今の人格はどこからきている?
今の人格はどこからきている?という疑問の答えこそ、それは創造者からきているということになるのではないかなと思うのですよね。
最初の設定を作ろうとしている神様やら転移か転生者の思考の大元を作っているのはその製作者である創造主である、ことは確かだと思うんだよね。
だから、今の素直な気持ちで、どう生きたいか、どんな人生やら、神生やらを設定するかを決めれば、それでいいのではないかなという気持ちがあるんだよね。
そうすることが、創造主の意志を忖度するということになるんじゃないかなとか、思うんだけれどもどうだろうこのアプローチ?
ここでまた思考が戻ってくるんだよね、考察になるんだろうかな?創造主がいることは確かなんだよね、そうじゃないと、僕らがここにいる理由が説明できないから、自然発生している可能性もあるけれども。
いやこれは実は自然現象である可能性もあるのか?おやおやどうしましょう?つまりは、神様がこうニョキッと生えてきて、それに連なって、転移転生者の存在が生まれきて、これからどういう設定にしましょうかと、自分自身の運命というか、物語を作る現象が、そうである場合があるのでしょうかね?
誰からも意図でもなく、偶然というか、必然というか、何がの因果関係が複雑に絡み合って、生まれた別に珍しくもない、いや、珍しいといえば珍しいのでしょうか、そういうこう、劇前展開から生まれる物語的何かそういう状況が発生してしまうという。
ああなるほどもしかすると世の中にある結構な物語でもこのような光景があるのかもしれませんね、そしてそれはあまり表に出るようなものではなく、なぜなら珍しいものではないからと、そもそも発表するような内容のものではないという、思い込みとかがあるから?でありましょうか。
いくらでも世の中にあるのかもしれませんね、こうやって、登場人物自身が、いやそれ以前の演技者がどうやれば物語が面白くなるのかとか、どうやれば楽しく演じれるのかを話あって、シナリオを決めているようなケースが。
今回が独特であるとか、特別感があるように感じるのは、それ以前の記憶が設定されていないからであるのではないかなと、分析できるわけですね。
それとこのような物語以前の何かを書き記すような、それでも物語があまりなかったからでありましょうか?
いや探せば結構ありそうな気はするわけではありますが。
どちらにせよ、役者自身の好みでお話を決めてしまうしかないのでしょうかね?やはりこう、基準が欲しいですよね。正解に近づくための部品とかピースとかが足りていないような気がします。
いやそれは本当に手に入るものであるのかという疑問もありますが。




