表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/100

020_とけるなぞなぞなのか?

 とけるなぞなぞなのか?というととんちを利かせなければならないような気分になるわけではあるけれども、自身が何者かに創造された存在だとして、その存在意義を満たすためにはどうすれば良いのかという問いにどう答えを導き出せば良いのか?


 神様論争とかそういう感じになりそうではあるけれども、まず、神様というか創造主は存在するのかというところからはっきりさせる必要があるのかな?


 これは存在する、はずである。なぜならば、この後同じことを自分もやることになるからであり、それができることは自明であるからである。


 同じことというのは、設定を決めて、登場人物を作ってしまうということであり、それは自分を含めての話であり、つまるところ、私は、創造されているものでもあり、創造主そのものでもある、からである。


 自分自身が創造主であることをどう証明すれば良いのかというならば、実際に何か作ってみれば良いのであり、それはすでに、独創的なトラック転生とか転移とかのシーンを作り出したことで成されている。


 さらにいうならば、この神様空間的なところにおいておも、自由自在に、物質を作り出して、優雅な環境を創出できるからであり、それを満喫している、おそらくは、私が創り出したであろう、転生か転移待ちの、16歳少年が、大きめのふかふかのソファーでくつろぎながら、好みの飲み物を飲んでいるところからも、合わせて証明が可能である、はずである。


 好みの飲み物は、どうしようか、ここは気を衒ってデスソースとかにするべきであろうか?


 やめてください、辛いのは普通に困るので、と指摘されてしまったので、では、世界一甘い缶コーヒーということにしておこう。


 それならまあ、という了承を得たところで、つまるところ、私が創造主であるならば、私そのものもまた別の創造主によって作られた存在であることは、予想できるわけである。


 逆に私が創造主でないとするならば、私は作られた存在ではないという証明になるのであろうか?


 大掛かりな幻覚であるという可能性と、自身が妄想に浸っているという可能性もあるといえばあるわけであり、そもそも現実ではなく、虚構の存在であるという、可能性はあり、つまり創造ではなく、想像の産物なのではなかろうかという、自己の存在を危うくするような思考にも至るわけである。


 それをどうにかして、証明することはできるのであろうか?


 もしくは、それを証明することで何か変化するものがあるのであろうか?


 何も変わらないのであるならば、明らかにする必要があるのであろうかというあたりを含めて、思考を深めていく、必要があるのではなかろうか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ