守りたい約束
そもそもの原因が何であったかは思い出せないが、白い割烹着姿の祖母が正面に屈み、小指を絡ませ、もう嘘はつかない、という約束をさせらせたことは視覚的にも体感的にも残っている。目の前で指切りした後、立ち上がった祖母のふっくらした手が俺の頭の上に乗った。優しく撫でられるので恐る恐る見上げると、ついちょっと前まで鬼のように厳めしかった丸い顔が笑って見えた。菩薩か太陽みたいに眩しかった。
そんな子供の頃の約束を、俺は自分なりに大切に思っていたのだが、寄る年波には敵わないものだ。守りたくても、こちらが守ろうとしていても、約束を違えずにいることが困難な場合があるのだと、今現在、思い知るに至る。
「やあ信二や、こげなところまで、よう来てごしたなぁ」
全体的に皺とシミが目立つ祖母が、目尻に更に複雑な皺を寄せた。
声の様子から察するに、嬉しいのだろう。
「うん。ばあちゃん、元気だった?」
「信二が来てごしただけん、そりゃあもう、元気元気よ」
くしゃくしゃな顔を更にくちゃくちゃにした祖母の調子は、本人的には良いらしい。
「仕事はどげなかね? 冬場は乾燥するけん、火事が増えぇだけんね、火消しで忙しいかね?」
「うん……。冬は寒いけど、うちはクラスの子も皆元気だし、忙しいよ。ばあちゃん、俺」
「そげかねそげかね。ああ、信二や、仏さんのところにバナナがあるけんね、昔から良う好いとったろう。お父さんに線香あげて、バナナ、持って行きんさいや。良う食べんさいね、食べんさいよ」
会話のキャッチボールが乱れている。補逸……とまではいかなくても、返球のタイミングが早すぎたり、不可抗力でストライクゾーンから押し出されたりする。
言われた通りに仏壇を拝むと、祖母が煎茶とバナナと饅頭を出してくれた。曲がった背中に片方の腕を回し乗せバランスを取り、円い木製の盆をぷるぷる震えるもう片方の手で持って運んでくれた。
また、去り際には、血管とシミが浮いた祖母の手から、残りのバナナを房ごと受け取った。
人を助ける仕事で忙しいのにこうして訪ねて来てくれるお前は自慢の孝行息子だと言われた。
せめて名乗れたら良かったとは思うが、最初から最後まで、祖母はずっと嬉しそうな声だった。