64話
子供の頃からの夢が今かなっている。
ストームドラゴンのドラの背に乗り、シャルルの存在を背中に感じながら広大な森の上を飛んでいく。
ドラが巻き起こす風を吹き上げて、夜と木の葉が混ざり合った匂いがする。
広い広い森をものすごい速度で進んで行く。流れる景色は高速道路を走っている時の早さだが目に映っているものが違う。無機質なアスファルトやコンクリートではなく異世界の大自然だ。
全身で感じる風と匂いと景色。このままどこまでも、いつまでも飛んでいたいと思う。
「どうだレイ、シャルル、空を飛ぶのって最高だろ?」
「本当に最高だよ、ありがとうドラ。お前のおかげで夢がかなったよ」
「私、ドラが羨ましい。自分の好きなようにいつでもこんな素晴らしい体験ができるなんて。私にも翼があれば良かったのに!」
手の平で体を叩いてありがとうと伝える。ドラゴンはプライドが高いと本に書いてある通り、ドラもそう。本当は人間を乗せるのは好きじゃなんだ。
だけどしつこく何度も頼んでいたら乗せてくれた。夢がかなったというだけじゃなく、ドラの優しさが嬉しい。
目に焼き付けよう、脳に刻み込もう、こんなに素晴らしい景色を忘れてしまわない様に。
深い色の森をさらに進んで行くと、その中に木々が生えていない一角がある。
「湖だ………」
「一度あそこで休憩しよう」
ドラが二人に声を掛ける。
「あそこは水を飲むのにいつも寄る所なんだ」
「わかった」
ドラは高度を落とし湖の方へ滑空していき、たもとの短い草の生えた地面へと着地した。
レイとシャルルが降りるとドラは湖の水を勢いよく飲み始めた。翼も無いし体だってそれほど太くない。それなのに二人を乗せて自由自在に飛べる。
やっぱりここは異世界だ。
「夢が叶った気分はどう?」
笑顔のシャルルが聞いてきた。
体と脳がもわもわしていて、現実じゃないみたいに感じる。
「感動してる………本当に良かった」
前世では高校生の途中まで生きたけど、こんな感情になったことは無かったと思う。
「よかったじゃない」
シャルルがそっけなく言った。
「うん」
持って来たリュックから水筒を取り出してカップに紅茶を注いでいく。気が付いたら結構喉が渇いていた。
時間にすればそれほど長い時間では無かったんだけど、飛んでいる間はずっと強風を浴びているようなものだからなのかな。
「良かったらシャルルもどう?」
「いいの?」
「もちろん」
母特製のクッキーをシャルルにお裾分けする。紅茶とクッキーの組み合わせはどこの世界でも最高なんだ。
そういえばここはどこなんだろう。リュックから持って来た地図を取り出して広げ、近くあった石を四隅に置いた。
探すのはそう難しくないだろう。森の中にこれだけ大きな湖があるなら地図にも乗っているはずだ。
「ここじゃない?」
シャルルが地図を指さした。
そうかもしれない。ざっと見た感じ、ほかに森の中に湖がありそうな場所は見当たらない。目の前にあるとかなり大きいのに、地図で見ると小指の爪くらいの大きさでしかない。
「そうかも」
「絶対そうよ。私たちは東へ向かって飛んだんだからここで間違いないでしょ」
東に向かって飛んでいたのか。
「よくわかったね」
「そんなのすぐわかるでしょ」
わからないよ。昔から地図を読むのは得意じゃない。毎日通っていた学校へのルートを説明しろと言われてもできないくらいに方向感覚はゼロだ。
「この湖には名前が付いてないんだね」
「そう言われてみれば変ね、これだけ大きいんだから名前くらいあってもいいのに」
「あ!」
気が付いた。
「なによ、急に大声出して」
「魔物!」
今自分たちは街の外の森にいる。しかも夜だ、夜と言えば魔物が一番活発に動く時間帯。夜の森なんて魔物がいつ出てきてもおかしくない。
「いつ魔物が出て来るか分からない、周りを警戒するんだ」
「何をいまさら言ってるのよ」
へ?
「そんなのここに降り立った時からずっとしてるわよ」
え、そうなの?
「当たり前じゃないの、ここは夜の森なんだから」
言われてみればシャルルは愛刀をしっかりと腰に下げて直立している。
「呆れたわ。クッキーと紅茶を楽しんでるくらいだから、相当落ち着いてると思って感心してたのに、ただ何も考えてないだけじゃないの」
ううう………。
浮かれていた。
ドラゴンの背に乗って空を飛びまわるという、子供の頃からの夢の中にいたことで魔物の事とか危険とか、すっかり頭から消えていた。
「大丈夫。なんかあったら俺が何とかしてやるよ」
口から水を滴らせたドラが言う。
「それにここってなんでか知らないけど魔物が出てこないんだ」
そうなの?
「俺はいつもここに寄るんだけど今まで一回も出て来てない」
「なんで?」
「分かんないけど俺にとっては安心して水が飲めるだけで十分だ」
なるほど。
だけど十分に注意だけはしておこう。いままで一度も魔物が出たことが無いと言っても今日初めて出る、という事も考えられる。
愛用の杖を握り締める。
持ち手の所のある小さな髑髏。ここから白い布を飛ばして相手を拘束する便利な魔道具だ。さらにはそこに粘着性も持たせることが出来る。
魔道具技師のハラトロ・モスの開発した浄化肉を食べさせることで、最初とは比較にならないくらいに強化した杖だ。
もし万が一、魔物と遭遇してどうしても戦わないといけない、と言う状況になった時にもきっと役に立ってくれるだろう。そんなことにはならないと願いたいけど。
「それじゃあ早く魔物狩りに行きましょうよ」
シャルルがびっくりすることを言った。




