61話
夢を見ている。
これはある貧しい村の農家に産まれた男の物語。
食べることもままならず、家は隙間風や雨が入り込む粗末な家で、空腹と寒さに耐える毎日。
そんな中で唯一の救いは魔臓を持って産まれたこと。魔臓を持っているという事は身体強化が使えるという事。
物心ついた時から木の棒を振り回し、将来は冒険者になろうと決意していた。たとえ命の危険が多かろうとも、貧しくて苦しい生活から抜け出したかった。
子供の頃から親の目を盗んで4つ年上の兄と森へ魔物を狩りへ行った。何度も死ぬような目に遭いながらも身体強化を頼りに腕を磨いていき、ある程度成長したところで兄と共に家を出た。
そして念願叶い、大きな街で冒険者としての人生を歩み始めた。
男には冒険者としての才能と限りない貪欲さがあった。稼ぎのほとんどは武器や防具につぎ込み、遊び歩くことをしなかった。徐々に冒険者としての実力と名をあげていく日々、しかし男は満足していなかった。
そんな時、転機が訪れた。
王都の近くでかつてないほどの大規模なオークの集団が目撃され、討伐のために国中から戦力が集められることになった。
当然のように男も兄とともに参加することを決めた。戦いは壮絶を極め、人間側にも多くの死傷者を出した。
その戦いの中で何度も死にかけながら男は土魔法使いとして覚醒した。男は敵の長である赤いオークに止めを刺し、戦いを終わらせるという最大の功績をあげた。
男は王都を救った英雄として祭り上げられ、王族から表彰までされた。しかし男の顔は冴えない。なぜならばこの戦いで兄を失ったから。
兄と言うパートナーを失い、ひとりとなった男は有力なギルドへと加入した。強力な仲間を得た男はそこからさらに活躍し、数年でこの国で最も有名な有名な冒険者と言われるまでになった。
男のトレードマークは自らが討伐した、赤いオークの頭蓋骨で作った赤い兜。街を歩けばすぐに人に取り囲まれるほどの有名人だった。
男は毎晩派手に飲み歩くようになり、大きな屋敷を買い、地元の有力者の娘と結婚した。身なりも派手になり魔武器や魔道具、芸術品も買い漁った。
そこから男の活躍はさらに加速する。
今までは国一番の土魔法の使い手として名を馳せていたが、ある時から火魔法、水魔法をも使うようになり、さらには幻と言われる回復魔法まで使えるようになった。
人々は驚愕し神の子だと祭り上げた。
それにより男は単なる冒険者ではなく、貴族と同等の権力までも与えられるほど認められた。相談役として国の行く末を決める会議にも呼ばれ、王と直接話が出来るまでになった。
農家の家に生まれたものとしては前代未聞な出世。しかしそれくらいから男は原因不明の頭痛に悩まされることになる。
痛みを忘れるために酒量は年々増えていき、酔っていない時間が無いほどになった。冒険者として前線に立つ機会はもう何年も前から無く、体を動かす機会も無かったため、鍛え上げた体はどんどん痩せ細っていった。
そんな中、またしても大規模なオークの集団が王都の付近に集結しているという情報がもたらされた。
国中が男に期待した。
かつてオークの群れを壊滅させた英雄である男がまた国の危機を救ってくれることを期待した。
しかしその頃の男の頭痛はさらに悪化していて、夜寝ることもできないほどの状態で、目だけはギラギラしていたが、自分一人では長時間歩くことは出来ないほどだった。
国はその事実を隠し、名前だけの総指揮官の名を与え男を外に出すことはしなかった。指揮を下げる可能性があるのならばいっそいない方が良い。そういう判断。
そうしてまたしても国中から戦士が集められ、オークの軍勢に挑むこととなった。
そこに現れたのが孤児院出身の金色の髪をした少年。
光輝く斬撃を武器に八面六臂の活躍を見せ、見事に赤いオークの討伐に成功した。長を失ったオークの群れはあっけなく崩れ、見事に人間達の勝利へと導いた。
少年はその端正なルックスからたちまち人気者となり国の英雄として祭り上げられた。
その一方で男の評判は地に落ちていた。戦いに参加した者たちからは男の姿を戦場で一度も見なかったという話が広まり、「戦いを恐れ逃げた」「すでに魔法を使うことが出来なくなっている」と噂された。
全ての人間から白い目で見られることとなった男は禁忌に手を出した。
それは魔石を喰らう事。
魔物の魂の結晶と言われる魔石を、人間が取り込むことは出来ない。魔石に含まれる毒素は内臓を腐らせ、確実に死を招く。
しかし男は王城の書庫でとある本を見つけていた。
そこには極めて強い魔物から取り出した透明な魔石と、数種類の薬草、宝石などを調合することで全ての痛みを忘れさせ、大幅に体を成長させる神薬を作り出せると記されていた。
なぜそんな素晴らしい薬が禁忌かといえば、一度薬を口にすれば飲み続けなければ、発狂するほどの痛みが全身を襲うから。
さらに数か月もすれば自分でさえなくなる。
薬は飲んだ者の心を犯し人間でさえなくなる。
鬼となるのだ。
鬼とは強大な魔力を持った人間が特別な過程を経て魔物へとなった姿。
それを知っていたがために男は薬には手を出さなかった。酒で痛みを和らげつつ、いつか頭痛を止めるための薬が開発されることを待っていた。
しかし今の状況ではいつ王城を追い出されるか分からない。
全ての国民から白い目で見られながら、子供の頃の貧乏な生活に戻ることだけは許せない。
それならたった数か月でも。
その僅かなだけでもかつての栄光の日々を謳歌する。
それしかない。
それしか。
鬼は赤いオークなどとは比べ物にならないほど強力な魔物で、過去には何十万もの人間を殺したとの伝説を残す厄災。
知ったことか。
男は鬼となった。




