51話
王立ワシントン学園の階段を降っていくレイ・フェリックスの足音が、地下の長い廊下に響いている。
ノックして開いたドアの隙間から悪魔の声が漏れ出て来る。レイは大きく息を吸いこんで睨みつけるようにしてその中へ入っていった。
「よく来たなレイ、待っておったぞ」
「僕もずっと楽しみに待ってましたよハラトロ先生。その様子だと成功だったんですか?」
「成功も成功、大成功じゃ!ほれ、こっちに来てよく見てみい」
ツルツル頭で白いヒゲを生やし分厚い眼鏡をかけた老人が嬉しそうな顔をしながら手招きしている。
本やメモ用紙や魔道具が散乱するゴミ屋敷のような中をかき分けるようにして進み、魔道具技師のハラトロ・モスが待つテーブルの前まで行く。
そこにある透明なボックスの中にはレイが一番信頼しているドクロのついた杖の魔道具、そして何も乗っていない綺麗な白い皿があった。
「その皿の上にはな、浄化したガレズロードリスの肉を置いてあったんだが綺麗に無くなっておって、中の空気も綺麗なままじゃ」
「さすがですよ!それじゃあ先生が研究していた魔道具に魔物の肉を食べさせて成長させるという実験は大成功ですね!」
「その通り!ワシは天才だからな、ほらこれを見てみい」
引き出しの中から握りこぶし大くらいの物を取り出して杖に近づけると、ピッという音がして数字が表示された。
「魔力含有数13,000だったものが18,000まで上昇しておる」
「おお!一気に5,000も上がってますね」
「ガレズロードリスの肉を手に入れるのにかなりの金を使ってしまったが、研究していた通りの結果になってワシは満足じゃ」
顔の半分を覆う白いヒゲを両手で撫でながら満足そうに笑う。
「実際に持ってみてもいいですか?」
「おお!そうだそうだ、悪魔の魂が暴走していないことを持ち主に確認してもらわないうちは、この実験が成功とは言い切れないな。ワシとしたことが焦っていたわい」
透明なケースをどけて杖と対面したレイは、緊張した表情で少し動きを止めた。
魔武器や魔道具に魔物の肉を喰わせてはならない。これは大昔から言われていることで、憑りついている悪魔の魂がそれによって暴走して普段とは全く違う動きをして制御できなくなるからだ。
喰わせるといってもただ近くに置いておくだけで勝手に魔物の肉を喰ってしまうので、対策としてはそのふたつを近くに置かない事。あるいは専用のケースに魔武器や魔道具を入れて置くことが有効である。
せっかくのお気に入りの杖の魔道具が使えなくなってしまっては大問題なので、レイも普段からそこは十分に気を付けている。
しかしこの国で最も優れた魔道具技師であるハラトロ・モスの今回の実験は、魔道具に魔物の肉をあえて喰わせ、暴走しないようにするもの。
長年の研究で得た知識によって調合した浄化液に魔物の肉を漬け込み、暴走の原因となる毒素を取り除くことで無害な肉としたものを喰わせ、魔道具を成長させようという実験だ。
魔道具が魔物の肉を喰えば黒い霧を発すると言われているが、透明なケースの中にその兆候は無かった。つまり実験は成功しているはずだ。
レイが杖の魔道具を持った。
「どうじゃ?!」
興奮した様子でハラトロが問いかける。
「今のところ大丈夫そうです。暴走している感じはありません」
「そうか………」
ほっと息を吐きだした。
「実際に使ってみてもいいですか?」
「ああ、もちろんじゃ」
「それでは行きますよ」
レイが杖を軽く振ると髑髏の口から包帯の様な白い布が吐きだされる。そうして吐き出し続けられた布は一筆書きのようにしてある人物に似た顔を空中に描き出す。
「おお!なんと、ワシじゃないか」
そう。そこに描かれていたのはツルツル頭で白いヒゲを生やし分厚い眼鏡をかけたハラトロの顔だった。
「ちゃんと制御できているぞ!全く暴走していない」
「全然問題ないです。それに前よりも布が吐き出される速度が速い気がします。魔物の肉を食べたことでこの魔道具は暴走せずに成長はして、より一層素晴らしい魔道具になっています。素晴らしいですよこれは!」
「やったぞ」
背中を丸めて小刻みに震える。
「長年の研究の成果が、ついに、ついに………」
握りしめた拳の力強さがハラトロの喜びを表していた。
「おめでとうございます」
最近出会ったばかりのレイは、どれだけ苦労して彼がこの成功を得たのかは知らない。
この国で最高の魔道具技師と言われながらも権力者に媚びを売ることが出来ず、研究資金もそれほど多くないと聞いている。普通であれば大勢の助手が居ていいはずの部屋には彼とレイしかいない。
その中で自分の思い通りの結果を出すことが出来た喜び。
「ありがとうよ、レイ」
「僕は何もしてないですよ」
「そんなことはない。飯も持ってきてくれたし魔道具も貸してくれた。ワシにとっては十分な手助けだったよ」
ハラトロが成功して喜んでいる姿はレイも嬉しかった。




