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5話 ~基礎でしょ~

 


 レイ・フェリックスの子供の頃から剣術習得計画。


 初日から中華包丁を持った鬼婆に追いかけられるという最悪の形でスタートを切ったわけだが、二日目は掃除と素振りだった。


「やっぱりそうだよな」と思う。まずは基礎、そして体作りから始めよう、ということだろう。


 木刀を持てるだけまだいい。掃除ばっかりやらされたらどうしようかと思っていたのだが、さすがに月謝を支払う相手にそこまではさせないようだ。


 素振りのやり方はマーリンというかなり年を取った剣術家がつきっきりで教えてくれる。姿勢が悪いとか体に力が入り過ぎているとか、口数は少ないけどちゃんと見てくれている。


 派手さはいらない。


 強くなるためには地味な練習こそ大事なのだ。



 井上尚弥。


 日本ボクシング史上最高傑作と言われ、パウンド・フォー・パウンドで世界一位となった彼の練習の映像を前世で見たことがある。


 彼は走っていた。平地、坂、階段、砂浜を走っていた。彼ほどの選手であろうとも走るという基礎中の基礎のトレーニングをしている。


 インタビューも読んだことがある。その中で彼はとにかく基礎を大切にしていると語っていた。



 それを考えればこの指導方法は非常に納得できる。基礎、とにかく基礎が重要なんだ。子供用の木刀とはいえ一日中振っていれば腕がぷるぷるする。これは体が出来ていない証拠だろう。


 基礎ばかりやっていても退屈なんてことは無い。なにせ目のまえでは練習に取り組んでいる剣士たちがいるからだ。


 音がすごい、声がすごい、気合がすごい、迫力がすごい。


 最初は知らなかったのだけど、この道場はかなりの名門らしい。つまりここにいる全員が剣術ガチ勢なのだ。だから間違ってもその中に入りたいなんて思わない。


 怖い。


 どこの世界でもガチ勢と言うのは怖いものなのだ。ガチ勢同士が打ち合えば青痣くらいは当たり前にできている。大人だから青痣で済んでいるが、子供の体だったら骨折してもおかしくない。


 だから基礎練習はありがたい。


 素振りをしている限りはガチ勢と打ち合わなくて済む。そう考えれば基礎が一番いい。


 それなのに黒髪剣術少女ことシャルル・ド・ゴールはその中にいて、大人たちと一緒になって剣を振るっている。


 しかも強い。


 シャルルの動きは特によく観察するようにしている。彼女の剣士としての凄いところは動きの速さと質、そして距離感だ。


 シャルルはまず相手の正面には立たない。必ず横か、できれば後ろに回り込もうとして小さいステップを踏んでいる。


 そして上下に攻撃を散らして的を絞らせないようにしている。一撃目を打って、そのまま連続で攻撃を当てれそうな時は行くが、無理だと思ったら即座に距離をとって相手の攻撃を喰らわないようにしている。


 攻撃的でありテクニカルだ。


 いくら身体強化は筋力に勝る力を持つとは言っても、子供の体で大人に勝つことは難しい。それなのにシャルルは頑張っている。


 ぜひ秘訣を聞きたい。大人から教えてもらうのももちろん大切だけど、体の大きさが同じくらいで尚且つ、自分よりも上手いシャルルにも聞きたい。


 そう思って話しかけてもシャルルはいつも不機嫌そうだ。それでも構わずにもっと話しかける。剣術の事だけじゃなくて色々話しかけてみる。仲良くなれば教えてくれるはずだと思って。


 だけど「髪を切った?」と聞いた時には「そんなこと気付くな!」とすごい勢いで怒られてしまった。


 思わず笑ってしまった。それは多分前世で高校生だったからだろう。小学女子に怒られたとしても全然怖くはない。びっくりはするけど。


 シャルルが怒っている顔を見ると前世で見た動画を思い出す。貰われてきた子猫が自分よりも大きな犬とか猫を相手にシャーシャー言っているやつ。しばらくすれば仲良くなっちゃうから面白くて好きだった。



 周りの道場生たちはシャルルの事を天才だと言っていたが、まさにその通りだと思う。いくら世界は広と言ってもあんなすごい動きが出来る子供が沢山いるとは思えない。


 是非とも仲良くしたい。そうすれば将来何か困った時に助けてもらえるかもしれない。単純に喋っていて面白いっていうこともあるし。


 シャルルのほかにも仲良くなっておきたい人たちがいる。


 それは道場にいる剣術ガチ勢たちだ。プテラノドン事件の時にも分かった通り、この世界で結局役に立つのは武力だ。


 それには母が作ってくれる手作りクッキーが大活躍してくれている。


 母は元はパティシエだったんだけど、朝起きるのが辛すぎて結婚と同時に辞めてしまったのだそうだ。かなり評判のいいパティシエだったようで実際、とてもおいしい。


 普段から良い者ばかり食べているであろうシャルルもおいしいと言っているし、甘いものが苦手な人でも持って帰ると家族が喜んでくれるのだそうだ。渡せば渡すほど仲良くなれている気がする。


 だから母にはとにかくクッキーをたくさん焼いてくれるように頼んでいる。


 うちはまあまあ裕福でお手伝いさんもいるくらいなので、材料費にお金がかかるなんてことも気にせずに結構作ってくれる。


 お手伝いさんにもクッキーを分けてあげているので、一緒に母の腕前を褒めたたえて、いっぱいいっぱい焼いてもらうのだ。


 自分も強くなりつつ、強い人との繋がりもできる。そう考えると道場で汗を流すことも全然辛くない。最近はなんだか筋肉も付いてきたので、お風呂に入るときも嬉しいし。



 こう考えれば今のところの異世界生活はとてもうまくやっていると思う。


 この調子で行けば早死にすることなく、元の世界で幼馴染だった羽藍うらんと自分の家族に奇跡をプレゼントすることが出来るだろう。



 さあ今日も基礎をやろう。


 基礎は大事。


 井上尚弥も言っているんだから。





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