45話
空にはいつの間にか灰色の雲が集まってきている。
シャルル・ド・ゴールは割り込みしようとした男に向かって傘に見せかけた金属製の武器を構えて気合を叫んだ。
勝負は執念に勝るものが勝つ。
それで逃げてくれればよかったのだが、男は一瞬驚いたような顔をした後で、すぐに両手を体の前に出して体を揺らすという動きを始めた。
構えだ。
シャルルはすぐに気が付いた。このカネナリという男、私に攻撃意志があることも傘が武器であることも分かってうえで戦う姿勢を取った。
こいつは間違いなく戦いに慣れている。
3色に髪を染めて派手な服を着ている頭の悪そうな男だから、そこいらにいる威勢ばかりいい素人だと決めつけていたのかもしれない。
「ひゅーお!お嬢ちゃん駄目だよ、せっかくの剣をそんなことに使ったらさ。かっこいいお兄さんに今すぐそれを渡しなさい」
男は笑いながらも、いつでも動けるように準備している。安易に踏み込めば手痛いしっぺ返しを食らうだろう。
それに比べて私は、自分が緊張していることに気が付く。道場以外で、しかもこれだけ大勢の人に見られながら戦うのは初めてだ。
見られている。
どうして私はこんなことをしているんだろうか。
「俺は優しいからさ、いまなら許してあげるよ。それどころか頭だって撫でてあげちゃうよ」
カネナリは言う。
相変わらず余裕を見せつけながらも体を揺らし攻撃に備えている。
敵は手練れ。
気合を入れろ。
弱気を振り払うために叫び、男の手首を狙って傘を振り下ろす。
「おおっと」
男は上体を逸らして私の小手打ちを躱した後で傘を掴もうとしてきたのでさっと躱す。
このカネナリという男、見た目に反して想像以上の腕の持ち主だ。
「早っ、いやーマジでビビったね。お嬢ちゃんマジでやばいじゃん」
笑いながら、軽口を叩きながら上体を揺らす。
「どうしたんだよ、もう終わりかお嬢ちゃん。泣いちゃいそうなんだったらお兄さんが抱きしめてあげるよ?ふぉーーう!」
踏み込んで打つ。
男の正面ではなく斜め前の位置を取って傘を振り下ろす。躱されることは分かった上での連続攻撃。
これが私が最も得意とする攻撃。
筋力は無いから真っ向から打ち合うことはしない。攻撃しながら相手の死角に入り込んでさらに攻撃する。踏み込みのスピードなら私は誰にも負けない。
「ひょ!ひょ!ひょおおう!」
信じられないことに男は私の攻撃の全てを躱している。手首や足など、普通であれば意識が行きにくい所をしっかりと狙っているのだが当たらない。相手は私の攻撃を予期しているかのようだ。
こうなれば持久戦だ。
予期していたとしても一度でも当たればいい。その瞬間に相手はいつの通りの軽快な動きが出来なくなる。そこに畳みかける。たとえ攻撃力が弱くても連打を食らわせることが出来れば、大人相手でも勝つことが出来る。
常に先手を取る攻撃的な剣こそがドール家の剣術だ。
「はいそこまで!シャルルそこまでだ」
散歩でもしているかのような軽い足取りで来て声をあげたのは、道場生のフェルナンド・ホセ・トーレスだった。
「おっとこれは大ピンチ、どうやら援軍が来てしまったようだー!」
おちゃらけた様子でカネナリが言っているが警戒しているのが伝わって来る。こいつ、まだまだ本気じゃなかったのだ。
私だって。
私だって魔力をフル活用すれば………。
「深呼吸、深呼吸」
違う場所から髑髏の杖を持ったレイも来た。
「来るのが遅い!」
私はレイに怒鳴っていた。
「そんなに怒ること無いでしょ」
いいや、そんなことは絶対に無い。
「遅いからでしょ!」
怒鳴りながら、私は自分の心がだんだん落ち着いてきているのを感じた。レイとトーレスさんが来てくれて安心しているんだ。
「さすがに3対1じゃ勝てっこないなーこれは俺の負けだ」
カネナリがあっさりと言った。
「ってか最高じゃん!」
意味が分からなかった。
「ほら見てみろよ!俺たちがやり合っているのにビビった他の客がどっかに行っちゃって列がメッチャ空いてるよ。これなら余裕でプリンとか買えるぜ、キョロメー!やったぞー!」
遠く離れた所にいる派手な女に叫ぶと、その女は飛び上がって喜んでいる。
「そんな卑怯なこと………」
「まあまあまあ、いいじゃないかシャルル」
トーレスが言う。
「そうだよ。別にこの人が直接何かしたわけじゃないのに、いなくなっちゃったんだからそれはしょうがないよ」
レイも言う。
なんなんだこの二人はそろいもそろってカネナリの味方をして。
「納得できない!」
「それよりシャルル、みんなのとこに行ってあげなよ。不安がってると思うよ」
そうだ!
「行ってくる!」
私は大急ぎで遠くにいるクラスメイトの女の子たちの所に向かった。
「オッケー!めっちゃラッキーじゃん!」
「日ごろの行いじゃない?」
「やっぱそうだよなー!」
私がいない隙に、カネナリとキョロメが先に列に並んでいた。
天使のふわふわプリンはきっと買えるとは思うけど、あの二人うよりも後ろに並ばなくちゃいけないのは納得できない。
なんだこれ。
だけど誰も怪我をせずに終わることが出来て、それだけは良かった。




