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36話 ~挑発~

 


 静まり返った道場を圧力の塊が動いてくる。


「なんだお前、まだ剣術をやめていなかったのか」


 鋭い目をした中年の男が真っすぐにやってきたのは俺の目の前。そして開口一番、腹の立つことを言った。


「はい」


 それだけ答える。


 小柄な体格にも関わらず放つ威圧感は相当なもので、口答えさせない迫力を持っている。


 カグラ・ド・ゴール。


 幾多の有力な剣士を輩出し、国に尽力してきたゴール家の当主。そしてシャルルの父でありこの道場の主でもある。


 目の鋭さはシャルルにも少しあるが、この自信に満ち溢れた態度は全く違う。相当に修羅場を潜ってきてるに違いない。


「お前のような弱い人間が剣術をやっても何にもならん。しかも我が辰巳流道場においては尚更。時間の無駄だ、さっさと止めてしまえ!」


 うるせー!


 こっちは月謝を払って通ってるんだぞ。なんでそんなこと言われなきゃならないんだ。俺は客様であって弟子でも何でもないぞこの野郎。


「ちょっとお父さんいきなり何言ってるのよ!レイだって頑張ってるんだからそんなこと言わなくてもいいじゃない」


 シャルルが言ってくれる。


「ふん!頑張りなど無意味。こいつの戦い方を見ればわかる、逃げてばかりで攻めようとしない根性無しだ。気概を持て、気概を!」


 かなり腹は立つが言われている意味は分かる。


 この道場では気迫を持って相手を押し込んでいく攻撃的な戦い方を教えている。しかし俺がやっていることは守備的な戦い方。


 距離を取り足を使って相手の攻撃を躱す。そして隙が出来たのを見計らって攻撃する。


 これはボクシングのアウトボクシングをイメージしているのだが、すこぶる評判が悪い。この道場の中ではもちろんだが、探索者の父親にまでグチグチ言われている。


「剣術は気合で相手を圧倒し殺される覚悟をもって殺すのだ!」


 それができない。


 何と言ってもこっちは小学生だから、剣術ガチ勢の道場生と比べれば力も技術も何もない。


 それなのに積極的に向かって行っても全く太刀打ち出来ない。だから守備的な、悪く言えば消極的な戦い方にならざるを得ない。


 どちらにせよ結局やられるわけだが、攻撃的に行くよりは時間を稼ぐことが出来る。


 そもそも俺が剣術をやろうと思ったのは殺されたくないから。だから一番重要なのは負けないこと。時間を稼ぐことが出来ればその間に助けが来るかもしれない。


 その為なら逃げたっていいと思っている。


「ほら見ろ」


 黙っている俺を馬鹿にした目で見ながら鼻を鳴らす。


「これだけ言ってもなお負け犬のような卑屈な目で俯いている。いいかシャルル、あんな男とは金輪際付き合うんじゃない。お前まで腰抜けになってしまうぞ!」


 ずいぶんな言われようだ。今まで何度も言われては来たが今日はさらに苛烈。段々と腹が立ってきたな。


 そう思って顔を上げると、見下している顔と目が合った。


「なんだ何が言いたいことでもあるのか?」


 俺の内心を読み切ったかのように聞いてくる。


「ああ?」


 腹の立つ顔だな。


「言いたいことがあるなら遠慮なく言ったらどうだ。人間だろう?言葉を持っているんだろう?自分の考えを自分の口で話してみろ


 眉をハの字にして顔を近づけてくるのは、挑発しているとしか思えない。こっちは子供なんだぞ、そこん所ちゃんと考えろよ、普通だったら泣いてるぞこの野郎。


 どうするか、言ってしまおうか。


「立ち合いをお願いします」


 言ってやった。


「ほう?」


 腹の立つ顔がさらに歪んだ。


「今日はまだ僕が剣を振っている所すら見ていませんよね?それなのにそんな言い方をされるのは我慢できませんね」


「だから立ち会えと?」


「殺すつもりで行きますけど良いですよね?」


「なるほど、殺すつもりか………」


 笑っている。


「子供にそんなことを言われたのは初めてだ………。いいだろう、好きにかかって来るといい」


 カグラが放つ圧力が強すぎて目がビリビリする。しかし言ってしまった以上はもうやるしかない。勝算とまでは言わないが少しの計算はある。


 それは鬼。


 病院で目が覚めて以降、急激に力が強くなっている。


 この道場に来た最初は子供用の木刀で素振りをすれば30分もしないうちに筋肉痛になっていたが、今では大人用の木刀を使っても筋肉痛が起きない。


 それだけではなく体が頑丈になっていて、打たれても痛みを感じにくくなっている。


 これは明らかに鬼を取り込んだ影響によるもので、剣術ガチ勢たちも驚くくらいの変化。退院してから今日初めて会うカグラはこのことを知らないはずだ。



 さらにもうひとつの計算。


 道場の隅に置いていた縦長の鞄を開け、それを見せつける。


「これを使いますけど良いですよね?」


 カグラが鼻を鳴らした。


「魔武器か………」


 そうだよ、魔武器だよ。


 あそこまで好き放題言っておいて「好きにかかって来い」と言っておいて、魔武器を出してきたからやりませんなんて、まさか言えないよなぁ?


「子供は何かというと魔武器に憧れるものだ。碌に使えもしないくせにな」


 見下すような視線。


 これは父親からもらった金棒型の魔武器。


 前は魔武器を持つことを反対していたのに、俺の体の変化を知った後でこれをくれた。


 黒と黄色と赤色のまだら模様をした表面には突起がついている。ふくらはぎよりも太い金属製だからかなりの重さがあるはずだが、今はそれほど感じない。


 ただし、持った瞬間から内臓を吸い取られるような独特な感覚を感じていた。



 カグラ・ド・ゴールが言っている意味はこれ。


 魔武器には悪魔の魂が憑いていて使い手に悪影響を及ぼす。以前死ぬほど味わって以降、大嫌いな感覚だ。


 けれど、それでもこれを使いたい。力が及ばなくても勝ちたい時、目に物を見せてやりたい時があるんだ。


 覚悟を持って使う。


 悪霊相手に怯んではならない。弱みを見せれば敵は力を増して更に牙をむいてくる。


 大丈夫。


 俺は女神に遣わされた選ばれし人間なのだ、こんな奴らに負けるはずがない。悪魔の魂なんか威圧して踏みつぶせ。


 お前らなんか所詮、使われなければ何もできない下等な存在だ。黙って従え。


 今の俺には鬼の力もある。袖口から見える手首には墨で描いたような文字の羅列が浮かんでいる。なんて書いてあるかは分からないがこれがその証拠だ。


「使えるかどうかはやってみればわかりますよ」


 二度三度と振ってやると、朝の空気を叩き潰しているような音が出た。スピード、パワー、申し分のない威力が出ている。


 思うように操れている。


「まさか逃げたりしませんよね?」


 笑ってやった。




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