35話 ~むくれています~
朝日が降りそそぐ青い空の中を歩く。
いつもの道を通っていつもの道場へ向かう。
風の感触も草の匂いも足に伝わる感触も、その全てが清々しい。
自分としては2ケ月も眠っていた実感は無いのだけど、それでもなぜか久しぶり、と言う気持ちになる。
道場の扉を開け、一礼してから中に入る。
独特の匂いが気持ちを引き締める。これを嗅ぐと自分が昨日より成長しているような気がして、誇らしい気持ちになる。
気が付いた道場生の人たちが集まって来てくれる。
「もう大丈夫なのか」とか「元気そうじゃないか」とかいろいろな声を掛けてくれるのが嬉しい。
地球じゃない世界に自分を気にかけてくれる人がいる。居ていい場所があるというのが嬉しい。
道場に通うのなんか初めてで最初は緊張していたけど、いまや冗談も言える。だから「基礎野郎」と言われてもぜんぜん嫌じゃないし、自虐にして笑いを取るくらいの気持ちはある。
盛り上がってくれればそれでいいんだ。こんなときは異世界もけっこう悪くないじゃないかと思う。
それなのに………。
肝心の黒髪天才剣術少女が来てくれない。
そこにいるのに。
皆が集まってきてくれている中、道場の片隅で不自然なくらいに素振りに集中している。
シャルルのその感じにはひっかかるものがあるが、真剣に打ち込んでいる彼女を見るのは嫌いではない。
特にその黒髪。
自分も同じ色ではあるのだけど、シャルルの黒髪にはときどき見惚れてしまう。
特に晴れた日の朝がいい。朝の光を含んで揺れる黒髪の美しさは、どんな画家でも描けないと思う。
さて、久しぶりに会うというのにシャルルさんは一体どうしたというのだろうか。
「よぉ、シャルル。僕が来たぞ」
少々不自然になってしまったがフランクな感じで声を掛ける。
「へーそうなんだ、全然気が付かなかった!あんたなんかずっと寝てばかりいて弱くなってるんだから、おしゃべりなんかしてないで今すぐ稽古しなさいよ!」
物すごい早口なうえに目が尖がっている。
おお、なんということだ。彼女はむくれているじゃないか。そんなに俺がいないのが寂しかったのかい?
よしよし、なんとかわいいやつだ。
小学女子のむくれ顔。こんなのは動画にしてネットにあげれば、あっという間に万の再生数が稼げるぞ。絶対にやらないけど。
「聞いたぞ、お見舞いに来てくれたんだろ?ありがとうな、葡萄が特に美味しかったよ」
一粒はおかっぱナースに食われたけど。
「そんなの知らないし!」
やっぱりシャルルは面白いな。
「知らないの?」
「知らない!来るな!」
思わず笑ってしまいそうになる。
むくれているシャルルを見て面白いと思うのは、自分が前世で高校生だったからだろう。もし普通の子供がこんな言い方をされたら、ショックを受けてしまうだろう。
「明日から学園に通うから一緒に行こう」
言ったとたんにシャルルの動きが止まった。
「僕が寝ている間にもう授業は始まってるんだろう?全然分からないから校舎の中とかも案内とかしてほしいし」
「いかない!」
「なんでさ。同じ学園なんだからいいじゃないか」
「う………」
「どうした?」
「私、いまは学校には行ってないの!」
?
どうしたものかと話を聞いてみれば、なんとこの黒髪の姫は学校初日からクラスの馴染むことが出来ずに、不登校になってしまったのだという。
やはり王立ワシントン学園と言う場所は貴族や王族の子弟が行くところだから、そうとうドロドロした場所なのだろうか。これは自分も上手くやっていけないんじゃないか?
「一緒に行かない?ふたりなら少しは安心じゃない?」
無理に行かせるのもどうかと思うので軽く誘ってみる。駄目なら駄目でしょうがないと思う。シャルルには剣術の才能があるのだから無理に学園に行かなくてもやっていけるだろう。
「でも………」
思いきり拒否されるかと思ったが、どうやら悩んでいるようだ。悩んでいるということは絶対に行きたくない、ということではないはずだ。
行くつもりなら早い方が良い。こういうのは時間を開ければ開けるほど行きづらくなるものだ。
空気が重い。
少し別の話をしてみようか。
「そういえば、寝ている間に体がおかしくなったんだよ」
梅干しみたいな顔をしているシャルルに、自分の変化を伝える。
背骨が炎の形に盛り上がっていること、力が異常に強くなって加減が出来なくなっていること。それはきっとあの鬼の骨が原因だと思うこと。
「なにそれ?」
聞かれても全く分からないが、医者が言うには健康には問題ないそうだ。
「そんなに力が強くなったのなら私と打ち合いをしてよ。そうすれば前のレンと本当に変わったのかがわかるから」
それはやりたくない。
「なんでよ、すごく興味あるわ」
怪我をさせてしまうかもしれない。これを言ってしまえばシャルルは怒るだろうがそう思う。
「嫌」
シンプルに伝えることにした。
「なんでよ!」
当面は基礎練習をメインでやるつもりなのだ。稽古をずっとしていなかったわけだから、立ち方や素振りのフォームも狂っているだろう。
「また基礎?やっぱりあんたっておかしいわよね」
これについては道場生の人たちにも言われるが何がおかしいのか全く分からない。
打ち合いは派手だけど痛いし悔しい。それに比べて基礎練習は毎日少しずつではあるけれど成長を感じることが出来るのだ。
「そういえばもう少しすればお父さんが見に来るよ」
お父さん!
シャルルのお父さん!
シャルルのお父さんでありこの道場の道場主!
「よし!それじゃあ帰るよ」
「なんでよ」
なぜって、お前も知っているだろうといいたい。
前に会ったことがあるのだが、なんだかやたらと俺に厳しかった。厳しく教えてもらうことは構わないのだが、あの人の場合はそこに理不尽な感情が乗っているような気がしたのだ。
急いで帰り支度をしている時、道場の扉を開いて見たことのある人が一礼して入ってきた。
どうやら遅かったようだ。




