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32話 ~鬼の骸の変貌~

 


 ゴリラの骨格標本から首をもぎ取って凶悪にしたような「鬼」の骨格標本が振動している。巨大なスマートフォンのように、宝物庫の床を鳴らしながら振動している。


「お、おま、お前何したんだよレイ!」


 第12王子アーサー・ペンドラゴンが言う。


 田舎の図書館のよううに薄暗く黴臭い部屋の中で突然鬼の骨が震えるのはなかなかの恐怖。ひとりだったら泣いていたかもしれない。


「俺は何もしてないって!」


 答えるレイ・フェリックスがアーサーの背後に隠れながら言う。


「俺を盾にするな!」


「盾になんかしてない。俺は人の背中の後ろに隠れるのが好きな奴なんだよ」


「嘘つけ!いままで一回もそんなことしたこと無いだろ!」


「わかった、正直に言う。俺のために犠牲になってくれ」


「ふざけんな!なんで俺が犠牲になんなくちゃいけないんだよ。なんでも正直に言えばいいってもんじゃないぞレイ!」


 アーサーとレイで押し合いへし合いしている間に、段々と鬼の骨の振動は弱くなって、やがて止まった。


「止まった………なんだったんだあれ」


「わかんないけど絶対にレイのせいだよ」


「だから違うってば」


「え、」


 口を大きく開けるアーサーの目の前で鬼の骨格標本が黒い蒸気を上げながら歪んでいく。


「なにこれ………」


 そんなこと知るはずないが、とんでもなくおかしいことが起きていることだけは確実だ。


 飴細工のように骨はぐにゃぐにゃに溶けていって床の上でバスマットくらいの大きさの水溜まりになる。


「動いているぞ」


 黒い色をした水溜まりは縮んでいって、黒光りする球体へと姿を変える。まるで野球ボールくらいの大きさとなって動きが止まった。


「なんだこれ………」


 そのまましばらく時間が過ぎてもそれからは何も変化が無い。首のない鬼の骨が黒い球体になったという事実だけを残したまま、宝物庫は再び静かで薄暗く埃臭い部屋へと戻った。


「意味わかんないよな」


「わかんないよ。っていうかこれ、どうしたらいいんだろうなぁ」


 床の上の球体を見ながらアーサーが言う。


「この黒い布を被せておけばいいんじゃないか?」


「それだけ?」


「形が変わっただけで同じなんだからいいだろ」


「それはそうなんだけど………」


「ただし後から説明はしといてくれよ」


「俺が?」


 アーサーが驚いた顔で言う。


「他に誰がいるんだよ、お前しかいないだろ?」


「レンが説明するべきでしょ。だってレンが触ったら鬼が玉になったんだかもん。それなのになんで俺が説明しなきゃいけないんだよ。そんなことしたら絶対に俺が怒られるじゃん。レンが言ってよレンがやったんだからさ」


 そんなに俺の名前を連呼するな。まるで俺が犯人みたいじゃないか。


「アーサーが言う方が説得力があるんだよ、王子なんだから」


「王子とかそんなの関係ないでしょ」


「関係は大いにある。王子が相手だったら誰もあんまり怒ったりできないだろ?」


「いやいや、いっつも怒られてるんだから怒られるよ」


 どうやら思っていたよりも王子と言うのは自由ではないようだ。


「面倒くさいから黙ってればいいんじゃない?」


 王子らしくもない発言をする。


「それだと俺が疑われる」


「疑われるっていうかレイが犯人だからしょうがないでしょ」


「犯人と言う言い方は止めろ。僕はただ指先でチョンってしただけなんだよ」


「だからもう黙ってようよ、それが一番楽だって」


「駄目だ。ちゃんと説明しておいてくれ、こういうのはすぐにやらないと後でもっと大変な目に合うんだよ」


「えーいやだなぁ、絶対怒られるやつじゃん」


 アーサーはなおも不満そうだ。


「あの鬼ってそんなに大切なものなのか?」


「いや、別に全然そんなことは無いけど。ただたまに見かけた時に爺さんの笑い話をするくらいで」


「それなら怒られないだろ。むしろ部屋が広くなったって喜ばれるんじゃないか?」


「そうかなぁ?」


「そうだろ」


 知らんけど。


「わかったよ、それじゃあ俺から言ってみるよ」


「おう、頼むよ」


 助かった。


 鬼の骨なんて珍品中の珍品だろうから、弁償となったらかなりの値段を要求されるに違いない。ここはアーサーが怒られることで何とかうやむやにするしかない。


「っていうかコレ、棚の上に乗せておけばいいんじゃないか?」


「そうだな。床に置いといてどっかに転がっていったら面倒だからそっちの方が良いか」


 アーサーが黒い球体を掴もうとしたとき、指とぶつかって球体が転がり始めた。


「あ、そっちに行ったから取ってくれレイ」


「わかった」


 中腰になって転がって来る球体に右手を伸ばす。


 指に触れる少し前。


 球体は跳び上がって手の平の上に乗った。


「は?」


 そして手の平から腕の内側を滑らかに上へと上がって行く。それはまるでカーリングのストーンのような動きだった。


 そして肩の所まで来たと思ったら黒い球体はジャンプして、驚いているレイの口の中にすっぽり入った。


「ふごがぁはっ、、、、」


「おいちょっと!」


 駆け寄るアーサーの目の前で「ぼきゅっ」と言う音がして、レイの喉仏が大きく動いた。


「え、まさか、嘘だろ………」


 喉を押さえて涙目になっているレイに言う。


「お前、飲み込んじゃったの!?」


 レイの喉が膨らんで、その膨らみが下に移動していく。


「駄目だってそんなもの飲んだら!」


 膝に手を置いて大きく呼吸するレイは涙目になっている。


「勝手に口の中に入ってきたんだよ!」


「マズいよな、どうすればいいんだ?」


「吐け!絶対に吐いた方が良いって!」


 レイが床に膝をついた。


「おい大丈夫かレイ!」


「なんか腹が苦しくなってきた。具合悪いかも………」


「お前、なんか顔色がめちゃくちゃ黒いぞ」


「腹の中が、熱くて膨れ上がってて、気持ちが悪い………」


「レ、レイ、お前鼻血出てるぞ!」


「え、」


 鼻に触れたレイの手がどす黒い血で濡れている。


「目の下の隈も出てきたし、あー、なんか耳からも血が出てきてるぅうう!レイレイレイどうしちゃったんだよ大丈夫かよレイ!」


「頭がクラクラしてきた………」


 喋るたびに口から黒い泡が出てくる。


「医者を呼んでくる!」


「医者?」


「レイはここで横になって待ってろ!安心しろ、ここは王城だから腕のいい医者がいつも待機してるんだ!」


「そ、それは、よかった、よかったよね、パトラッシュ、ふふふふふ………」


 笑いながら倒れた。


「レイ!」


「僕はいまぁ、すごく幸せなんだぁーおいおい、パトラッシュ。そんなに顔を舐めちゃだめじゃないかよ。お前さっきペディグリーチャム食べたばっかりじゃないかよ、そんなに舐めたら俺の顔がペディグリーチャムになっちゃうだろ、やめろりょりょ、やめりょって、りょりょりょりょりょりょりょりょ………」


「あああーーーこれはいよいよヤバいよ、レイの黒目がぐるんぐるん回ってるよ!」


 口と目と鼻と耳から黒い血を出しつつ痙攣しながら笑っている。


「レイ!しっかりしろ!レイーーーーーーーーーー!」 


 笑いながらアルマジロのように丸まっていく。



 アーサーが医者を連れて戻ってきた時、レイは気を失っていた。




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