14話 ~幸せ~
レイとトーレスの試合が終わると道場生たちが二人を取り囲んだ。
シャルルは聞き耳を立てながらも蜘蛛の巣の絡まった木刀を床から引っこ抜こうと力を入れてみたが、蜘蛛の巣は強い反発力を持ったまま伸びるだけで、これを引き千切るのは相当力が必要そうだった。
「一体どうなってるんだよ、この杖の魔武器は相手を拘束するだけじゃなかったのか?」
「そうだよな。髑髏が吐いた布で敵を縛って動けなくするんだろ?」
シャルルも頷く。確かにそういう魔武器のはずだ。
「僕もそう思ってたんですけど、それだと格上が相手だと辛いんです。だからどうすればいいかと考えて、髑髏が吐き出す布に粘着性を持たせることをイメージしてみたんです。そうやって魔力を流し込んでみたら出来るようになったんです」
ざわめく道場生達。
魔力にイメージを与えるだけで魔道具の性質が変わるわけがないというつぶやきが多い。
「いや、ちょっと待てよ」
いまこの道場の中で一番年上のゼンリンが声をあげたことでみんなの注目が集まる。
「魔力を使って剣を強化するのは当たり前にやるが、それと同じなんじゃないか?」
「どういうことですか?」
誰かが聞いた。
「俺たちもやってるはずだぞ。魔力を使って敵を斬るときにはどこをどのように斬るのか、しっかりとイメージしてから斬ることが大事なんだ。そうすることで意志の力が魔力を導いて、何も考えていない時よりもはるかに切れ味を増すんだ」
ゼンリンが見渡すと「そうだった」とか「確かにやってたな」とかいった声が聞こえてくる。
「それと同じなんじゃないか?レイは意志の力を魔力に伝えることで魔力の性質を変えることが出来たんだ」
ちらほらと納得する声が聞こえ、皆はだんだんと帰り支度を始める。
「ありがとうございましたトーレスさん。すごく良い経験になりました」
クッキーを手渡しながらレイが頭を下げた。
「いやいやこちらこそかなりいい経験になったよ」
すっきりとしたレイの表情に比べてトーレスはどこか複雑そうだ。
「それにしてもまいったよ、まさか剣を捨てる羽目になるなんて思わなかったな。剣士としては少しも褒められたことじゃないよ」
「一瞬で判断できたのが素晴らしいですよ」
トーレスは手を振って否定する。
「そんなことないって。身体強化は使わないって決めてたのにさ、結局使っちゃうし。もう負けみたいなものだよ。本当に凄いなレイは、俺が同じくらいの歳の頃なんか何も考えずに剣を振ってただけだったのにさ」
「実はさっきからずっと頭が重いんですよ」
トーレスの眉がピクリと上がる。
「魔力欠乏症か?」
「そうだと思います、それほど重症じゃないですけど」
「それは気を付けないといけないな。ひどい場合は意識をを失うこともあるんだよ」
「はい、気を付けます」
レイは素直に頷く。
「初めてだったのでどれくらいの魔力を消費するのかが分かりませんでした。あまり魔力を出し惜しみしてやられるのが怖かったのでやりすぎてしまいました」
「それが分かっているなら十分さ」
「私は帰らせてもらうよ」
「ありがとうございました」
改めて礼を言う。
それに笑顔で返したトーレスも帰り支度を始める。
「戦う上では自分の限界を知ることはとても大事だからね」
何気なく言っているがとても大切なことを言っていると思った。
「目の前のひとりを倒しても、それで死んでしまっては駄目なんだ。ちゃんと後の事を考えて戦わないとね。自分の感情のせいで周りが見えなくなって無理をし過ぎてしまっては駄目だ。ほどほどが大事さ、ほどほどが」
鞄を背負い、道場に礼をして石段を下りる。
今日はいつもよりも返るのが遅くなってしまった。きっと愛しい妻が心配しているだろう、そう思うと早足になって心臓の音が少しだけ早く聞こえる。
嗚呼。
やっぱりこの道場に来てよかった。
世界が不平等だと知れた。
神様は天才が好き。
どれだけ努力しても、願っても追いつけないほどの才能を持った人間というのがいるのだ。もちろん向こうだって努力はしているのだろう。けれど越えられない壁というものは確実に存在するんだ。
だから絶対に無理はしない。
嫉妬はしない。
神様が決めたことなんだから逆らっても意味がない。大きなものを望むから、手に入らなかったときの失望も大きくなるんだ。
ほどほどでいい、小さくていい。
少ないご飯でもゆっくり噛んで食べれば空腹が満たされていくように小さくても十分なんだ。手の届く小さな範囲をよく見てそこにいる大切な人を幸せにすることが大切なんだ。
それが自分が幸せに生きるための秘策なんだと思う。
待っていてくれ愛しきリラ。
今日のあった小さな出来事を教え合いながら丁寧な夕食を食べて幸せを味わおう。しかもお前の大好きなお土産もあるんだ。きっと喜んでくれるに違いない。笑顔になってくれるに違いない。
それだけで十分に幸せ。
夕暮れの街並みを味わいながらトーレスは愛しき妻が待つ場所へ歩いて行く。




