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1話 ~別れと女神~

 


 投稿 12月23日 23:15。


「明日は睡蓮と一緒にカラオケに行く予定。誕生日には一日早いけど、日曜日だから。もしかしたら特別な日になるかも(笑)」



 事件はこの書き込みがきっかけだった。




 ◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆




 風花かざはな 羽藍うらん


 I県の学校に通う帰宅部の高校生。


 彼女が知る人ぞ知る有名人なのは、中学生2年生の時に卓球の全国大会で優勝したことがきっかけだった。普通ならなんてこともないニュース。けれどその時は違った。


 若手女優のように透明感のある彼女の美貌が人々の目を引き付けた。


 ネットにアップされた写真が「かわいい」「美少女」「天使」だと話題になり、あっという間に拡散された。


 そうなると卓球の専門誌だけではなく一般紙、テレビまでが注目し彼女は追われる存在となった。


 通学や下校の際にはスマホを向けられ、無断でネットにアップされた。ネット記事も出回って、悪口が書き込まれた。



 風花かざはな 羽藍うらんは卓球部を辞めた。


 続けたほうがいいと助言してくる大人はいたが、彼女の意志は固かった。マスコミはそれをも餌にして盛り上がった。


 非常に辛い時間だった。けれど世間の熱は徐々に冷めていき、高校生くらいになると、ようやく心穏やかな毎日が過ごせるようになってきた。




 彼女が投稿した57文字の中にある「睡蓮すいれん」とは名前。


 風花かざはな 羽藍うらんは幼馴染の高浜 睡蓮すいれんと付き合っている。近所の人がそう話すくらいに、二人は一緒にいることが多かった。


 もともと仲が良かったのは確か。けれどそれは羽藍うらんが人目が怖くなってしまったせいもあるのだが、ほとんどの人は知らない。



 そしてあの投稿。


「明日は睡蓮と一緒にカラオケに行く予定。誕生日には一日早いけど、明日は日曜日だから。もしかしたら特別な日になるかも(笑)」


「明日」という日に何が起こるのかは明白だった。



 羽藍うらんの投稿を見て目から血を流している人間がいた。


 ストーカー。


 マスコミの熱は去っても、羽藍うらんの事を熱心に追いかけている奴らの熱は去っていなかった。


 名前も自撮りもない日記帳代わりのSNSを突き止め、監視していた。そんな奴らがこんなにも意味深な投稿を見逃すはずが無い。


 羽藍うらんを守る。


 羽藍うらんを穢すな。


 羽藍うらん羽藍うらん羽藍うらん羽藍うらん羽藍うらん羽藍うらん羽藍うらん羽藍うらん羽藍うらん………。


 それぞれが引き寄せられるようにナイフを手に立ち上がった。




 12月24日日曜日18時32分 カラオケルーム。


 高浜 睡蓮すいれんは十八番の「月光」を歌い終わったタイミングで席を立つ。閉っていく重い扉の後ろには、白い服を着た羽藍うらんが座っている。


 店内はかなり混雑していている。


 ドリンクコーナーの前の狭い廊下。睡蓮の前に不自然に立ちはだかった男。避けようとしたところで、奥からやって来た違う男が立ちはだかる。


 おかしい。


 一瞬だけそう思ったが、立ち止まり通路が開くのを待っていた時だった。



 目の前に現れたナイフの鈍い光。



 人を殺傷するための大きくて分厚いナイフが、睡蓮の体を痺れさせた。


 隣にいる男もナイフを出した。


 後ろの男もナイフ。


 刺す。


 刺す刺す刺す。


 笑い声と、呻き声と、悲鳴が響き渡る。




 カラオケルームに一人で待つ羽藍うらんは知らない。防音ルームであるがゆえ音が届かない。



 彼を待つ室内には「青空」が流れている。


 睡蓮が好きな曲。


 女の子が歌うとかわいく見えると言った曲。


 一番練習した曲。



 一緒に歌いたかった曲。



 今日のために買った白い服で。



 細かい雪が降る夜に。





 ◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆




 目が覚めた時、高浜 睡蓮すいれんは真っ白い空間で自分の膝を抱いていた。


 あれ?


 と思ったら、赤いドレスを着た世にも美しい女性が目の前にいた。さっきまでは確かにいなかったはずだ。そんな気がするけど記憶が曖昧だ。


 ハンカチで目元を押さえている。


「悲しくも美しい物語でした」


 睡蓮は夢の中にいるような気がして、ただその光景を見ていた。


「私は女神です」


 笑うことも疑うこともできない。


「あなた達の事、見ていましたよ」


 その言葉をきっかけにして、睡蓮は自分が死んでしまったことを思い出した。


「とても悲しくて、とても美しかった」


 黄金色をした女神の目がまた潤んでいる。


「さて………」


 涙をぬぐっていたハンカチがどこかに消えた。


「楽しませてもらったお礼に貴方を異世界へ転生させます」


 はっきりと前を見ていった。


 どういうことなのか分からなかったが、待っていればきっと説明してくれるだろう。彼女の邪魔をしてはいけないのは分かっていた。



 思っていた通り、女神は話を始めた。


「睡蓮。あなたが異世界に転生すれば遺してきた人々に奇跡をもたらすことが出来るのです」


 説明は続く。


 異世界での行動は天界にいる八百万の神々が見る。そして高評価やチャンネル登録を貰うことが出来れば、それがポイントになって奇跡を起こすことが出来る。それが「神ポイント」だという。


 奇跡を起こすとは何か。


 例えば宝くじが当たったり、病気を早期に発見することが出来たり、事故を回避することが出来たり………。


 遺してきた人に、そんな奇跡をもたらすことが出来る。


「もし貴方が異世界に行くことを決めて下さるのなら、私から最初の「神ポイント」をさしあげましょう。まだそれほど大きな奇跡を起こすことは出来ませんけどね」



 遺してきてしまった人………。


 風花かざはな 羽藍うらん


 子供の頃何度か見た泣き顔が浮かぶ。


 そして家族。



 せめて幸運を贈りたいと思う。



「異世界へ転生させてください」


 睡蓮は女神の目を見てはっきりと言った。


「分かりました。それではそのように致しましょう」


 微笑みと共に目を細めた。


「さっそく「神ポイント」を使いますか?」


 なんと!もう使えるのか。


「何か望みはありますか?先ほど言いましたが、それほど大きなことはまだできませんよ」


 しばらく考える。


 大きな事でなく、遺してきてしまった人たちの心を癒すためにはどうすればいいのか………。


「それなら夢を」


 睡蓮は言った。


「夢?」


風花かざはな 羽藍うらんと私の家族に、俺が天国で幸せそうにしている夢を何度も見せてあげて欲しいです」


「なるほど………」


 女神は微笑む。


「それくらいならお安い御用です。それで終わりですか?」


 どうやらまだ小さなことなら叶えられるようだ。


「それなら子猫を羽藍うらんの元に届けてくれませんか?とても愛らしい子猫を3匹程」


「それは可能ですが、そうしてそんなことを望むのですか?」


「子猫が3匹もいれば忙しくて、私のことを考えている時間なんて無くなると思います。それに子猫は心を癒してくれますから」


 少し目を見開いた後で女神は声を出して笑った。


「とても賢くて暖かい願いですね。いいでしょう、それも叶えて差し上げましょう」


「ありがとうございます」


「神ポイントはもう使い切りました」


 女神はさらに「神ポイント」の説明をしてくれる。異世界にいながらにして遺してきた人達に奇跡をもたらすこともできるという。そのやり方についても教えてくれた。


 それなら今の所はこれくらいでいいだろう。


「それではもう思い残すことはありませんね?」


「はい、ありません」


 頷く。


「これから貴方を異世界へ送ります。どうぞ楽しんでください、それが神ポイントを得ることにもなりますから」


「わかりました、ありがとうございます」


 睡蓮の姿がその場から消えた。





 睡蓮は知らない。


 異世界に生まれた後、しばらくすれば美しい幼馴染と出会うことを。


 神が人間の運命に携わることなど簡単だという事を。



「さてと………」


 白い空間に女神が一人。


「やっぱりいい作品には続編を作らないとね」


 声を出して笑った。



 そして誰もいなくなった。





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