1-9 Lv13
三つ編みオサゲの彼女は、カンチェロという。
カンチェロは俺の朝食にトーストとホットミルク、木苺のジャムを残していって、仕事に出かけた。ジャムの加工場で働いているそうだ。
置き時計の針が8時45分を差している。これも聖なる力で動いているのだろうか。
石造りの長屋式アパートをあとにする。
カンチェロは「いつでも家に来てね」と少女とも大人ともつかない可愛げなウインクを残していった。まがうことなきフレンドだ。
広場の噴水が水しぶきを放つ。天高く激しくも、青空にさわやか。昨晩のカンチェロとの関わり合いに耽りながら、広場を横目にしていく。
ギルドの前には数十人の行列ができていた。
行列の最後尾の、バンダナを巻いた中年男性に、何事か訊ねてみる。
「今日は新しいRankフリーの仕事が公開される日だからな。ノーリスク・ハイリターンの仕事は、誰が最初に達成するか、早いもの勝――」
お喋りなので、その場を立ち去る。
行列に沿ってギルドの出入口の前にやって来る。ナイトハットをかぶったピンギさんは、本日もまるまると肥えている。
「アニキ、おはようございます! なんなら、オデたちも並べば良かったッスね、フリーランククエスト」
「クエストもRankによって変わるんですか?」
「そうッス。クエストごとにRank付けされているッス。Rank:AのクエストはRank:Aの冒険者しか引き受けられないッス。オデたちは最下層のRank:Hなんで、少額のクエストしかこなせないッス」
プリマムの町をあとにしていきながら、ピンギさんに訊ねつつ、ギルドの仕組みをおさらいしてみる。
「Rankを上げるにはクエストをこなしていかないといけないッス。でも、下位Rankのクエストは大したものがないんで、今朝みたいに、せっかちな冒険者がフリーランククエストを求めるんス。Rankフリーのクエストが公開されるのは2週間に1回だけッス」
アーモ・クラーレはRankいくつだったろう。たしか、Fだったような。フン、たいして変わらないな。
「底辺はきついッスから。上位ランカーのパーティにはこちらから志願できないんで、広告を出してランカーの目に入れてもらうしかないッス。それか、底辺同士でパーティを組んで、セコセコとやっていくしか」
「じゃあ、俺とピンギさんですね」
俺はおどけて笑ってみせたけども、ピンギさんは「ハハ……」と溜め息のような笑い声。
「たまに見かけるッス。50歳ぐらいになっても底辺の冒険者を。アニキみたいに珍しいジョブだったら上位ランカーに声をかけられやすいッスけど、オデみたいなのが、きっと底辺のまま年を取っていくんス。底辺のままじゃ、Gも稼げないッスし」
「大丈夫。カネだったら、強奪すりゃいいでしょ。怒号の罵りで金持ちをシビれさせればいいんだから。なんなら、昨日のおのぼりさんから巻き上げておけば良かった」
「えっ……」
「ハハッ、冗談冗談」
昨日と同様、Lvアップ目的で、ピンギさんと2人、イノシシグマを狩っていくも、なかなかLvが上がらなくなってきた。
そういえば、昨日、経験値10,000ptの金色のグーイの話をしていた。改めてモンスターマップを確認しようと、白磁板を取り出してくる。
◇◇◇◇◇◇
MAIL:
From:プリマムギルド協会事務局
パーティー志願広告をご覧になられた方が、
お会いしてお話をお聞きしたいとのことです。いかがされますか。
以下、面接希望者情報
パーティー代表者:ジョー・ノヌー 性別:男
現在パーティー人数:4
構成:
戦士 男 44歳 Lv:54 Rank:A
騎士 男 26歳 Lv:28 Rank:D
傭兵 男 34歳 Lv:40 Rank:B
薬士 女 33歳 Lv:40 Rank:B
◇◇◇◇◇◇
また、MAILが来ていた。
「さっそく来ているじゃないッスか」
勝手にのぞき見していたピンギさんが声をあげてくる。
「ジョブが珍しいから、こういうランカーから誘いの話が来るんスよ」
「ふーん。じゃあ、このパーティーに参加したら一気にRankアップですか」
「そうッスね」
「じゃあ、ピンギさんとは、ここでサヨナラですね」
「そうッスね」
「そんなバカな」
俺は笑いあげながら、ピンギさんの脂肪に分厚い肩をたたいた。しかし、ピンギさんはムスッとしておりイジケたまま。
「こんなのに釣られてピンギさんを捨てるほど、俺は薄情じゃないです」
「同情はいいッス。逆にオデはアニキの足手まといになりたくないッス」
白磁板を指先でスワイプし、MAIL欄からモンスターマップへと切り替える。タップして、ゴールドグーイなるものを探していく。
「誰かのコバンザメをするぐらいなら、50歳になっても底辺冒険者でいたって構いやしないですよ」
「アニキは恵まれているから人生余裕の考えなんス」
そんなことより、ゴールドグーイの居場所はというと――、
「ペトロサ村の近くの、フィアダイル山っていうところが、ゴールドグーイの出現率が高いみたいですけど」
「ここ、めっちゃ遠いッス。多分、4回は船を乗り換えないといけないッスし、旅費も結構……」
白磁板をズタ袋にしまいこみ、森の中へと歩き出す。今日もセコセコとイノシシグマ狩りだ。いや、今日はもう少しLv高めのモンスターを相手にしよう。
森から草原に出てしばらく行くと、ドドウォルフなるオオカミのようなモンスターが4匹まとめて現れた。1匹につき経験値が90pt。攻略基準Lvは17と、今の俺ではとうていかなわないはずのモンスターだ。
むろん、汚い罵声を浴びせ、瞬殺した。
「このとおり、セコセコとやっていきましょうよ」
獲得したGは、しめて80G。バナナフィッシュ定食が約1ケ月分だ。分け前の40Gをピンギさんにくれてやる。
「フィアダイル山への旅費も、遠くないうちに貯まりそうですね」
俺とピンギさんは、昼メシまでまったく休まずに、ドドウォルフを狩って狩って狩りまくって、絶滅しかねないほどに狩りまくって、すると、いつのまにやら、俺のLvは13、ピンギもLv13となって、
「アニキ……、オデ、Lv13だなんて、夢でも見ているかのようッス」
白磁板を眺めながらニヤニヤと、肥えた頬に気色悪い笑みを浮かべている。
「フン。Lvの10や20ぐらいでノボせちゃって。そんなことより、腹がへったからいったん町に帰ろうぜ」
「そ、そうッスね。Gもけっこう稼げたんで、昼からラーハ屋の定食にしちゃうッスか?」
「は? 笑わせないでくれよ」
と、俺は笑いながら、プリマムへの帰路をたどりつつ、白磁板で町のグルメスポットを検索。
「稼げたんなら、上等の肉でもかぶりついてこそじゃないか?」
「は、はあ……」
肉に乗り気じゃないとは、珍しいデブだ。