1-8 パブにて
ピンギさんに連れられて、プリマムの町の38番街にある、『ラーハ屋』という定食屋で夕飯をとることにした。
「定食セット3Gなんス。普段は自炊ッスけど、今日はアニキのおかげで、たくさんGを稼げたんで、奮発ッス」
厨房続きのカウンター、あとはテーブル席が5卓ばかり、客がぎゅうぎゅうにつめ込まれて、ネコの額のようなお店だ。
客層は、町の労働者、もしくは、俺たちのような、身なりの貧しそうな冒険者たち――。
「そういえば、ステータスに記載されている称号って、あれ、なんなんですか? 誰がつけているんでしょう」
「あれは聖なる力ッス」
「聖なる力?って?」
「世界をおおっている聖なる力ッス。ホワイトボードも聖なる力ッス」
メニュー表をながめつつ首をかしげていると、ピンギさんがちらりと見やってくる。
「それより、アニキって、キレると怖いッスよね」
「え? キレてなんかないですよ」
「いや、だって、さっき」
「あの、賢者の? あれは当然のことを言っただけじゃないですか」
ほっかむりをかぶったオバさんを厨房から呼び出し、定食を注文する。俺は「バナナフィッシュの塩焼き定食」、ピンギさんは「ヨダレオオカミ肉のジンジャー焼き定食」。
メモ用紙にメモ書きしていったオバさんは、厨房に入っていきながら、ナイフで何かをさばいているオジさんにがなり声を立てて注文内容を伝える。
「仮説なんスけど、アニキって、Lvアップするたびに、変わっていってないッスかね」
「変わっている? たとえば?」
「口調とか、顔つきもトガったような気が……。今日、ギルドで初めて会ったときの第一印象は、すごく優しそうな人だったんスけど……」
相手にしないでいたら、定食が運ばれてきた。バナナフィッシュだなんて、どんな魚なのだろうとドキドキしていたけど、なんのことはない、青魚の塩焼きだった。
「そういえば、オデは57番街の八百屋の2階に部屋を借りているんスけど、アニキはどこに住んでいるんス?」
「家はないですよ」
「えっ? ど、どうしているんス、寝るところは」
「セフレの家です」
「せ、セフレ……? って、なんスか……?」
「ひらたく言えば、カラダ目的だけで付き合っている異性ですね」
「は、はあ……、さ、さすがアニキ……」
定食をたいらげ、店をあとにする。
「じゃあ、また明日。ギルドの前に9時に待ち合わせましょう」
「承知ッス。明日もよろしくッス」
路地裏はすっかり暗がりだったが、目抜き通りに出てみれば、立ち並ぶ街灯の明かりが、町をほのかなオレンジ色に包んでいる。行き交う人々の数もままあり、仕事を終えたあとのリラックスとしたムードがただよっている。
異世界転生初日、当然ながら、セフレなどいない。きっと、ピンギさんは、俺が大勢のセフレをかかえていると勘違いしているだろう。むしろ、セフレどころか、今日の寝床さえない。
インテロさんにアタックするのも、今日の今日で野暮だ。
まあ、今から見つければいいだけ。
通りを行くと、雰囲気がひときわ明るくなってきた。両脇にならぶのは、ほとんどが飲食店、もしくは酒場。窓からこもれてくるのは、店の光と、この夜を悦楽する、にぎやかな声。
路地に一本入ってみると、パブがあった。それとなく店内をのぞいてみると、若者でも気兼ねなしに入れそうだ。
カウンターには椅子が20脚ぐらい並んでおり、そこに座っている客は10人前後、冒険者ふうもいれば、ただの町人、ただの兵士、城勤めらしき人間も座っている。
オンナは――、カウンターに1人。
それと、テーブル席の1卓を3人が囲んでいる。
店に入り、テーブル席に着く。すべてのオンナが視界にできる場所を。バーテンダーが注文を取りに来たので、
「あの人たちが飲んでいるものと同じものを」
オンナたちが座っているテーブル席に視線を向けた。
テーブル席の女性のうちの1人と目が合う。俺は微笑みながら軽く会釈。三つ編みオサゲの彼女は、頬を赤らめ、視線を下に移す。
ナンパは成功した。
三つ編みの彼女は、俺が店に入ってきたときから今までに4回は目を向けてきていたのだ。
声をかけるタイミングは、彼女たちの話が盛り上がらなくなってきたときか、店を出たあとに三つ編みだけを追いかけるか、まあ、成り行き次第。
バーテンダーが運んできた酒ビンを口にしながら、そのときを待つ。運がよいことに、アルコール度数も低い。
ところが、とんだ邪魔者が入った!
「ねえ。ここ、空いてる?」
カウンターに座っていた金髪チリチリロングの女性がグラスを手にしてやって来た。俺の向かいに勝手に座り、スカートからあらわな生足を組んだ。
「もしかして、邪魔? 誰かと待ち合わせ?」
なんて、アクティブな女だろう。年齢は30前後だろうか。まったく好みじゃない。
「待ち合わせでもなんでもないですけど、にぎやかなカウンターに座るよりは、すみっこに座るほうが好きなんで」
バッドタイミング。このオンナに捕まっているあいだに三つ編みに帰られたらたまったものじゃない。
こうなったら力技で……。
「あっ!?」
と、俺は急に声を上げ、三つ編みオンナを指さした。
「久しぶりっ! 俺。俺。何年振りだろうっ!? 3年? 4年は経つかな?」
三つ編みオンナはビックリと目を大きくしながらも苦笑しており、その友人たち2人は俺と三つ編みオンナを交互に見つつ、きょとんとしている。
「知り合い?」
チリチリロングは眉を若干ひそめて、テンション低め。
「そうそう、昔、学生時代に――、ちょっと、ごめん、向こうに移らせてもらうんで、また今度」
久方ぶりの再会をおおいによそおいながら三つ編みオンナの席につき、
「申し訳ない」
と、彼女たちに手を合わせながら声をひそめた。
「あの人が急に座ってきたから。逃げたくて、つい」
すると、三つ編みとその仲間たちは、そろいもそろって、うなずいた。
「あの人、いつも男性に声をかけてますから。どうせなら、ずっとここにいたほうがいいんじゃないんですか?」
異世界転生初日、名前も知らない三つ編みオサゲをまたたくまにフレンドとした。