1-6 パーティー
グオー、と、吠え立てたイノシシグマの右手が振り下ろされた。
ナイトハットの大きな頭部にヒット、バランスボールみたいにしてボスンボスンとふっとんでいく。
死んでしまったかもしれない。ナイトハットに駆け寄っていく。
「大丈夫ですか。生きていますか」
「うう…」
虫の息。
振り返れば、3匹のイノシシグマの狙いは、飛び込んできた僕へと変わっている。
笑い声なのか、ただ単に鼻息が荒いだけなのか、グフグフと音を立てながら歩み寄ってくる。
「フン。いい気になって。何がイノシシグマだ! イノシシとクマとのただの雑種だろう!」
案の定、イノシシグマは3匹とも目を回し、でっぱった鼻の下の口端から泡を垂らした。
旅人のナイフを抜く。ここぞとばかりにイノシシグマを刺していく。さすがにLv1の攻撃ではなかなか死んでくれない。
まるで、大木を切り刻んていくような感覚だ。なんとか3匹の巨体を煙に変えていく。
白磁板を確認してみる。
なんと、Lv3になっている!
よしよしよし、このペースだと、パープルヘアーを追い越すのなんてたやすい。
「あっ」
ナイトハットの人を忘れていた。もはや死んでいるか。
振り返れば、地面に転がっているリュックサックへと、ひん死の巨体をひきずっていっている。
「大丈夫ですか」
「や、やぐどうを……、リュック、の……、なかに……」
薬草。
転がっているリュックの口を開いてみる。と、白磁板が入っていた。
どれ……。ちょっと、拝見……。
◇◇◇◇◇◇
名前:ピンギ・ショーグ
Lv:3 性別:男 Rank:H
年齢:23 身長:168cm 体重:118kg
髪:ココナッツブラウン 目:コンゴブラウン
職業:魔法使い
称号:鳴かず飛ばずの万年ボーイ
経験値:47
最大HP:11 現在HP:7
最大MP:21 現在MP:9
攻撃力 :7 守備力:13
スピード:5 運:2
スキル
魔法
フランマ デミヌ
装備:見習い魔法使いの服 見習い魔法使いのズボン
旅人の靴 拾った棒
お星様のナイトハット なめし革のリュック
所持金:72G
預貯金:100G
MAIL:
From:プリマムギルド協会事務局
縫い物のお仕事が入っております。
◇◇◇◇◇◇
町に戻ってくると、ピンギさんがいつも利用しているという、『トリカム屋』なる店で腹ごしらえをした。
ハンバーガーかピザかと思ったら、立ち食いうどん屋だ。
「アニキと呼ばせてくださいッス」
僕は眉をひそめたが、ナイトハットをかぶったままの彼は、ダクダクと汗を流しながら、割りばしでうどんをすすっていく。
激安うどんだけあって、店内は冒険者でごった返し。
「アニキが助けてくれなかったら、オデは間違いなく死んでいたッス」
普段はグーイばかりを相手にしているピンギさんらしい。今日は、うっかり森の中に入ってしまった。運の悪いことにイノシシグマに遭遇した。
「さっきのスキル、やばかったッス。アニキみたいなジョブの人とパーティーを組めるだなんて、ワクワクするッス」
パーティを組むだなんて、一言も言っていない。いや、言ってしまったか、ギルドの2階で。
「ところで、ピンギさんのメールに、縫い物の仕事が入っています、ってあったけれど、あれは?」
ギルドから紹介された仕事だった。服を仕立てる針仕事、つまり内職だった。
ピンギさんは、モンスター狩りはたまにしかやらない。ほとんどは、冒険者がやらないような内職でGを稼いでいるらしい。
なので、いまだ、Lv3のありさまだと言う。
「でも、Lv10ぐらいまで行けば、パーティーに参加できるッス。それまでは辛抱ッス。Rankが上がれば、大金を得られるクエストをギルドから依頼されるッス」
Rankを上げて大金を得るというのは、いわゆる「メディアドリーム」と呼ばれている。「メディア」とはなんなのか訊いたら、「この世界=メディア」だった。
「上級クエストの中には、100万Gも稼げるのがあるッス。オデはパトリっていう田舎の村から来たんスけど、村にいたときは野菜畑で働いていたんス。月給は900Gッス。そんなオデが上級ランカーになれば、それこそメディアドリームッス」
ピンギさんは自分で語って自分でうなずきながら、どんぶりに残ったツユをすすっていく。
「その日暮らしの生活もイヤになったんスよね。貯金した800Gを教会に払って、ジョブを貰ったんス。そんで、プリマムに来たんスけど、ヘヘ……、ちょっと甘かったかもしんないッスね……。パーティーに参加できれば――」
「そんなことより」
あんまりにも辛気くさいので、話を変えた。
「あの人って知ってますか。大したLvの冒険者じゃないんですけど、派手な女性で、紫色の髪をした僧侶で、えーと、名前は……」
「アーモ・クラーレさん?」
「ご存知?」
「有名人ッス。去年のプリマムギルドのミス・コンテストで1位になった人ッス。そのあとパーティー志願者があとをたたなかったみたいッスね。今じゃトップランカーの人たちとパーティーを組んで、メキメキと頭角をあらわしてきている美人冒険者ッス」
「ふーん……。ああ、そう……。美人冒険者……」
「オデなんて目にも鼻にもかけてもらえないでしょうッスけど」
「ハハッ。あんな薄汚れ。目にも鼻にもかけないのはこっちのほうですよ。それじゃ、狩りに行きましょうか。針仕事なんて今日でやめて。アーモ・クラーレだなんていう反吐が出るような女のLvなんか、とっとと超えてやるためにね」