1-4 駆け出し冒険者
西洋風石造りの建物。受付カウンターが並び、待合室には僕と似たような服装の人々が座っている。
何から始めたらいいものか、あたりを見回していると、
「ギルドは初めてですか?」
オレンジ髪の豊満な胸の女性が声をかけてきてくれた。
「はい。えーと、よくわからないんですが、ここでパーティーメンバーを募集したほうがいいと知人に言われまして」
「でしたら、こちらに座ってお名前などをお聞かせいただけますか」
促された木製の椅子に腰かける。
オレンジ髪の女性は受付カウンターの向こうに消えていったが、タブレットPCのようなものを手にしてすぐに戻ってきた。
ニコニコしながら僕のとなりに腰かけてき、愛想がいい。
「プリマムギルドの受付事務、インテロ・アルバです」
「レシピット・ヴァーバといいます」
インテロさんはタブレットPCに僕の情報を書き込んでいく。というか、彼女がペン先を走らせている板は、僕も持っている白磁板だ。
「じゃあ、最後に写真も撮らせてください」
白磁板の裏を僕に見せてきて、と同時にカメラのシャッター音――。
どういう原理で白磁板は動いているのか。
ギルドに来るまでのあいだ、町には電気や通信が整備されている様子ではなかった。自動車も走っていない、飛行機も飛んでいない、馬車は1度だけすれ違った。
そんな世界で、タブレットPCのようなものは動いている……。
「あの、ヴァーバさん、ちなみになんですけど、ホント、ちなみに。あの、個人的な質問していいです?」
「はい」
「カノジョっています?」
「いないですけど」
僕が首をかしげたなり、インテロさんは大きな胸をゆらしながら飛びはねた。
「うそー!? ウソウソウソ。嘘ばっかりっ。だって、すごいイケメンじゃないです? だって、私ですよ、ヴァーバさんがすごいイケメンだから声かけたんですし。いつもだったら登録作業なんて、自分からはしないし。困っている人がいても知らんぷりだし」
「じゃあ、今度、食事でも」
僕は当然のように言った。何のためらいもなく、口から先に言葉が出た。
途端にインテロさんはおとなしくなる。水色のつぶらな瞳を、じぃっ、とさせて僕を見つめてくる。
やがて、ほほ笑んだ。
「いいんです?」
「もちろん。ただ、恥ずかしい話、ゴールドが心もとないから、そこそこ稼いできてからでお願いしたいです」
「ふふ」
と、小首をかしげつつ、目を緩める。
「たくさん稼いできてくださいね」
こんなにも早くフレンドをゲットか。
アーモ・クラーレのせいで不快な思いをしたけれども、忌々しさはすぐに吹っ飛んだ。
フレンド候補のインテロさんは、引き続きギルドの説明をしてくれた。キャッシュカードみたいな物を差し出してくる。
「このカードを、パーティーメンバー募集、パーティー加入希望の手続き、BANKにGを入出金するとき、各窓口にて提出してくださいね」
「はい」
「パーティー募集・加入志望の広告は、2階の掲示板に貼り出されています。ヴァーバさんも志望者なのでもう貼り出されているかな。ヴァーバさんとパーティーを組みたいという人がいたら、ヴァーバさんのホワイトボードに事務局からMAILが送られてきます」
「はい」
「不明点、質問はあります?」
「インテロさんにMAILを送るにはどうしたらいいんですか?」
「ごめんなさい――」
フラれた、と、思いきや、インテロさんは白磁板を持っていないらしい。「教会からジョブをもらっていない」から、白磁板も持っていない。
インテロさんはただの一般人で、一般事務員。僕とは何かが違うらしい。
「MAILはないけど、会いたくなったらいつでも来てくださいね。いつも、あそこのカウンターに座ってるから。いつでも声かけてね」
「ありがとう。インテロさんのお気に入りのお店でゴハンが食べられるよう頑張ってくるよ」
女性との会話をここまでスラスラと、むしろ、フレンドリーにできてしまうなんて、冷静になってみると気味が悪い。
もちろん、インテロさんと一夜を過ごすために、さっさとゴールドを集めてこなければならない。右も左もわからないのだから、指南役のパーティーメンバーを得たい。
志望者とやらを覗こうと考え、石造りの階段を上がっていく。
2階には、掲示板がぎっしりと並んでいる。
人が1人通れる程度のスペースぐらい。そこを冒険者がうろちょろとしている。
掲示板の上には「Rank:B」という貼り紙がある。僕は今のところ「Rank:H」の最下層だ。
ギルドのルールとして、
ランク下位者にランク上位者の紹介は不可。
つまり、Rank:Bのパーティーに応募しても、僕はRank:H。門前払い。1階受付にあった「冒険者のしおり」にそう書いてあった。
なので、Rank:Hの掲示板にやって来る。
ランクが低くなるほど、パーティー志望者は多くなるようだ。Rank:Hの志望者広告は大量だ。
掲示板を眺める。
が――、こんな狭い通路だというのに、緑色のハットをかぶった、太った男性が道をふさいでいる。
格好から見ると魔法使いだろうか。全身を緑色のローブでおおっているけれども、肉付きのせいで、パッツンパッツンだ。
ぼけえっとして掲示板を眺めており、なかなか移動してくれない。
僕は、コホン、と、咳払いをする。
「あっ、すんませんッス」
太っちょの男性は通路をゆずってき、僕はようやく掲示板のすみっこを見上げる。
しかし、ナイトハットの男性は、僕が見上げたところをまだ見ている。男性の視線の先を見てみる。
レシピット・ヴァーバ。僕の広告。
僕は広告を指で差し、ナイトハット男性に訊ねる。
「この志望広告、気になるんですか?」
「ええ、そうっス、あそこ、ジョブが愚者ってあるんス。そんなジョブ、知っているっスか?」
「えっ、いやっ、はあ……」
「プリマムのギルドに登録している冒険者は5,000人はくだらないらしいんス。けど、愚者ってのはその中でもホントに珍しいっス」
「そ、そうなんですか。ところで、ちなみに、あなたのジョブはなんですか?」
「オデは魔法使いッス。一応はLv3なんスけど。まだ、誰ともパーティーを組めていないんで……、はい。1年がかりでようやくLv3までいけたんスけど」
「そうなんですか。それじゃ、僕と組みます? 実はこれ、僕なんです。レシピット・ヴァーバ」
「へっ? え、え、そ、そうなんス? い、いや、でも、ジョブが愚者ってなんなんス?」
「それは僕もわからなくてですね。賢者みたいなものだとは思っているんですが、ハハッ」
「へっ? だって、教会でジョブをもらうとき、説明とかなかったんス? てか、どこの教会でそんなジョブを」
「え、いや、えーと、うーん、また、今度」
僕は愛想笑いを浮かべながら、ギルドの2階から逃げていった。