3-15 冒険はこれから
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『ゾロスト伯逮捕。フォルティス家御令嬢、お手柄』
昨日、王国警備局の警備兵により、王国議会議員及び伯爵ゾロスト容疑者が脅迫の罪、及び、騒乱罪の疑いで逮捕される事態となった。
警備局職員によると、ゾロスト容疑者はププンデッタ村ププンデッタ族長に、プリマム王国司法局に対して、川にゴミが流れてきている虚偽の申告をするよう迫り、これに従わなかった場合はププンデッタ村に不利益をもたらすとして脅迫したという。
また、プリマム労働組合斡旋所(通称:ギルド)に依頼人不明のまま、ププンデッタ村殲滅の業務代行を依頼し、王国に騒乱をもたらした疑いがかけられている。
上記の事件にさいして、ブラカンド侯爵長女、アン・マリージャ・フォルティス令嬢は水面下で独自に調査を続けてき、ゾロスト容疑者の関与を突き止めた次第。
フォルティス嬢がゾロスト容疑者に出頭を迫ると、ゾロスト容疑者は激しく抵抗してきたため、関係者とともにゾロスト容疑者を制圧するに至った。
「今回の事件によって、あらぬ疑いをかけられた方々がいる。一日でも早く、彼らの名誉が取り戻せられることを願う」と、フォルティス令嬢。
今後は、ゾロスト容疑者には余罪があると見て、警備局は慎重に捜査を進める模様。
取材者:レンテス・パブリース
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パブリースの姐さんの記事が出てから、マントン伯爵とその家族たちがプリマムの町に戻れるまでには、1週間もかかった。なにしろ、プリマムは、カンチェロのように、世の中の情報入手源が井戸端会議だけのような市民ばかりであった。ゾロストが捕まった、マントン伯爵は無実だった、という話が広まるまでは、時間が必要だった。
同時に、アニーはプリマム市民の英雄となった。たいていの一般市民は貴族の名前と顔が一致していないようで、町を歩く金髪メスガキのアニーと、フォルティス家の御令嬢が同じだとはわからない。
しかし、酒場でも、メシ屋でも、ギルドでも、誰も彼もがアン・フォルティス御令嬢の話をしていた。
「透けるような金色の髪をしていて、綺麗な緑色の目をしているらしいの。なにしろ、200年も続く名家のお嬢様だもの。美しいお人に間違いないわ」
「なんでも、親父のブラカンド侯と喧嘩して家出中だった、じゃじゃ馬ムスメらしいぞ」
「3人のパーティー仲間を従えていたみたいで、全員、女だったそうだ。アン様は武術家で、他には、盗賊、戦士、薬士だったそうだ」
情報は回り回って書き換えられていた。
それにしたって、パブリース姐さんの記事には、アニー以外の名が記載されなかったという胸糞の悪さである。当然、俺は姐さんに抗議した。
「だって、ヴァーバ君、モーイン団に狙われているじゃない。キミの名前が市民に広まると、すぐにモーイン団にどこそこにいるってチクられるよ」
フン。あんなゴロツキども、襲撃してきたら返り討ちしてやるぐらいだっていうのに。
ちなみに、マジカエ亜種で飛ばした姐さんと族長は、フィアダイル山にいた。寒風吹きすさむ中、オンナとネコが大泣きしていた。
ネコといえば―—、これもパブリース姐さんの記事には、重要な事実が揉み消されていた。ネコどもは脅迫されたのではない。50万Gでゾロストの悪事に加担したのだ。つまり、本来ならば、ププンデッタ族長も逮捕されるべきである。
しかし、見返りの50万Gは消えてしまったらしい。どういうことか問いただすと、
「ウグル人のマフィアの親分が、50万Gを寄越せば、全部なかったことにしてくれるって言ったんがにゃ。仕方ないことだったんがにゃ」
とんでもねえ……。
おおかた、50万Gのうちの10万Gぐらいを関係各所にばら撒いて、口封じ、揉み消し、証拠隠滅の工作をしたに違いねえ。むろん、残りの40万Gを自分たちの懐にしたのだ。
結局、俺にはなんの利益もなかった。クエストは攻略してねえからRankはHのままだし、当然、報酬のGもあるわけねえし。
唯一、
「私たちがこうしてプリマムに戻れたのは、キミたちのおかげだ」
ヒゲ面のマントン伯爵から、謝礼を頂戴した。
「アニーから壮絶な戦闘だったと聞いたよ。少ないかもしれないが、せめて、そのボロボロになってしまった服を替わりの足しにしてくれ」
1,000G金貨3枚……。
まあ、貴族と関係性が築けたからな……。セレブパーティーにでも招待してくれれば良しとしてやってもいい。マジメカタブツそうなオッサンなので、見込み薄だが。
マントン伯爵の娘のマージャとやらは、俺の好みじゃなかったので、知り合い以上友達未満。
「しょうがねえ。俺の貯金を捻出してやるぜ」
ファッションストリートを練り歩く。好きに選ばせると、ピンギは、モーニングスター(3,000G)、魔法の法衣(4,000G)、ミスリルヘルム(10,000G)を持ってきた。何様のつもりなのだろう。俺は替わりに、くさりがま(330G)、カルト宗教司祭の服(中古:20G)、邪教司祭の帽子(中古:15G)、プリマムシスター手織りローブ(50G)を見繕ってやった。
メシスは魔法のローブ(7,700G)、魔法の盾(5,000G)、魔法のブーツ(6,500G)だった。ワザとやっているとしか思えねえ。こんなバカには、ニセモノの魔法のローブ(中古;30G)、甲羅の盾(300G)、ニセモノの魔法のブーツ(中古:10G)でいい。
「先生の貯金で買ってくれるって言ったじゃないですか!」
ビンタしてやった。
結局、2人とも自分のカネで適度な価格の装備品を買う。
「てか、あのとき、アニキは火を吐いていたッスけど、あれってどういうことなんス? ものすごく強くなっていたし。どういうことッス?」
「さてね、俺もよくわからん。瀕死状態にでもなったからじゃねえのか?」
俺は煙に巻きつつ、自分用の装備品を物色していく。手に取って眺めてみては、首をひねる、既製品を着るのは俺らしくないんじゃないか。日本刀を装備している俺なのだ、装備品もそれなりではないと。
ということで、旅人の服(60G)、旅人のブーツ(65G)、愚者のマントだけは替えがないので、遊牧民の特性マント(120G)なるものを購入する。
俺に似合うものはレアなものだ。いずれ向こうからやって来る。
「ところで、先生、アニーさんはどうするんですか」
と、メシスがどこかの店で試着に入っているアニーのことを言う。
どうするとはどういうことなのか問い返すと、マントン伯爵の無実の罪が晴れ、アニーの目的は達成されたのだから、自分たちとこのまま続ける必要があるのか、だった。
この一週間、以前のように、毎朝集まる。ウグル人相手に苦戦した反省を踏まえ、フィアダイル山にてLvアップにいそしむ。俺はすっかりLv61。ピンギはLv48、メシスはLv53、アニーはLv41。
「なんだか、マージャさんに聞いたところによると、アニーちゃんの友達は大学に行っている人もいるそうッス」
「学校に行かないからアニーさんのお父さんはますます怒っているそうで、でも、お母さんはとても心配しているみたいで」
「そんなの知ったこっちゃねえ。ふらふら遊ぶのもアニーの勝手だ。てか、お前らはアニーにさっさと出ていってもらいたいのか?」
「そんなわけないッス! アニーちゃんがいるとアニキの横暴が少しは減るんで――」
「お前、パーティーから出ていっていいぞ。Lvもたんまり上がったし、俺といる必要ないだろ? ん?」
「い、いや、そういうのじゃなくてッスよ」
「何をまた揉めているの」
と、アニーが店から出てきた。マントン伯爵からのお小遣いはすべてアニーにくれてやったのだが、買ってきて着替えた服は、以前とあまり変わらないような気がする。
「どう?」
「お似合いッス。ヘアバンドがかわいくなっていて、アニーちゃんぽくないところがまたいいッス」
「前のも良かったですけど、今回は生地が滑らかな感じがして……、とてもいいです……」
何をおだててんだ? それにこの変態野郎……。
「レイジーは? どう思う?」
「前と変わらないな」
事実を述べると、途端に眉を吊り上げる。
「は? 何? ブローチとか、この花飾りとか、違うんだけど」
「そんなことより、どうするんだ、これから」
「どうする?」
「目的は達成しただろ。これからも俺たちと続けるのか?」
すると、ほんの一瞬、アニーは俺を見つめるままに硬直した。
ただ、アニーはすぐさま瞳を輝かせ、おどけるように肩をすくめながらも、あっさりと言う。なんでもないことのように。
「だって、冒険はこれからでしょ?」
「フン」
俺は鼻で笑い飛ばしてやったが、デブとアスパラガスは跳ね飛ぶようにしてアニーに近寄り、そうだ、冒険はこれからだ、などと、恥ずかしいぐらいのはしゃぎようだった。




