3-14 Lv99
このジジイ、初めて会ったときは、ぼんやりとして定かではなかったが、今日は姿形が判然としている。
長髪白髪のチョンマゲ、長すぎる白い髭、白い衣、まったくもって、仙人。絵に描いたような仙人。きっと、神なんかではない。
そして、この場所は白くかすんでいるようだが、どうも来たことがあるような……。
「ほっほっほっほ。久しぶりじゃな。いや、そうでもないかの。いやはや、この土壇場でメレグタムを初めて使うとは、憎いオトコじゃ」
おれはワナワナと震える。
「何言ってんだテメー! これはどういうことだ! なんなんだ!」
おれは掴みかかろうとする。
「おいおいおいおい! ちょっと待てい! ここはな、天国でもない、地獄でもない、わしの住処じゃ。どこかは教えられん。とりあえず、おぬしは疑似的にわしの住処に来ておる」
「わかった。そういうことなら了承してやる。俺は死んでねえってことだな」
「ふむ。残りのHPは2じゃがな」
「よし。とっととテメーの力でゾロストを殺せ」
「愚か者め。何を言っておる」
「愚者にしたのはテメーだろうが! いい加減なことしているとマジで殺すぞ」
「おぬしにわしが殺せるわけなかろう。ホッホッホ。まあ、戯言はさておき、愚者だけの魔法のメレグタムとはな、これはわしの気分次第でおぬしにチャンスが与えられるというものじゃ」
そのいい加減な魔法、まるで俺だけにこしらえたかのような魔法、まるでジジイが楽しむためだけの魔法。
「なんなんだ、チャンスって」
「今からルーレットをする」
「はあ?」
ジジイの脇に大きな円盤が出現し、俺の手元にはいつのまにやらダーツが握られている。
ナメやがって……。
「このルーレットの中身はわしのその日の気分じゃ。して、今日の気分は、うむ、あの可愛いムスメを、バケモノの強烈なメガフランマからかばったおぬしはカッコよかった。ムスメはおぬしに惚れたな。ということで」
ルーレットの右半分に、Lv99ドラゴン、と、表示された。
「そして、もう半分は、世の中そう甘くはない」
ルーレットの左半分には、Lv99ププンデッタ、と、表示された。
「良いか、わしが今からルーレットを回す。おぬしのそのダーツが当たった先の能力値を5分間だけくれてやる。ネコかドラゴンか。デッドオアアライブ!」
ジジイがけたたましく笑ったと同時に円盤は周りはじめ、ドラゴンか、ネコなのか、どちらがどちらかわからなくなる。
なわけあるか!
俺は円盤に駆け寄ると、ルーレットを手で止め、ダーツの先をLv99ドラゴンにぶっ刺した。
「回っているルーレットにダーツを投げろだなんて言ってねえな!」
ジジイは無表情に押し黙り、俺を見つめてくる。
「テメーが何者だかは知らねえが、約束は守れ!」
「さすが、わしの最高傑作! しかし、次はそうはいかんからな!」
ジジイが俺を指差す。次の瞬間、俺の意識はアニーの瞳と交差していた。
「え? Lv99?」
アニーが、どのような視覚作用により他人のLvを認識できているかは定かでないが、ジジイにより俺のステータスが上昇したことに違いはなさそうである。
腰を上げ、この拳を握りしめてみれば、なるほど、まるで骨の髄から活力がみなぎってくる。
「メガフランマ!」
詠唱が奏でられたとともに、火球の衝撃がこの首筋を叩いた。
俺は熱くなった部分をさする。Lv99とはここまで肉体を強靭にさせるのか、と、我ながらに感心してしまう。
それとも、ドラゴンだからか。
ゆっくりとゾロストに振り返る。
ゾロストは目を点にして、こちらを眺めてきていた。奴がかすかに動揺しているのが捉えられる。
俺は見つめる。その、見つめるままの眼差しに、デカブツジジイは動揺がこらえきれなくなったのだろう、
「ぬおおっ!」
と、吠えた。両目を大きく見開き、大きな拳を握りしめ、こちらに飛び込んでくる。
俺は、意識的ではないが、火を出せる気がした。
のけぞり、胸を大きくさせて息を吸い込み、そうして口を大きく開いて、向かってくるゾロストに吐き出す。
「ハアアァッッ!」
たちまち、俺は口から火炎を放射した。放射が伸びれば伸びるほど炎は広がっていき、ゾロストの目玉が驚愕の色に変化した瞬間、灼熱の業火に飲み込まれる。
気づけば、ピンギも、メシスも自らの手で回復を済ましており、俺の所業に唖然としていた。
火炎が消えると、ゾロストの姿は衣服から髪先まで焼けただれている。
「ゼレクペ――」
ゾロストの身体はすぐに全回復する。しかし、呆然自失となっている。
「き、貴様はいったい、なにも――」
俺はゾロストの眼前に移動している。巨大なゾロストを見上げる。こいつの目は泳ぎ、唇はかすかに震えている。
「ぬんっ」
と、下腹部に拳を打ち込む。ゾロストを「く」の字に折り曲げる。
口から溢れ出てくる胃液が汚らわしい。よって、跳躍しながら回転し、伸ばした左足のブーツの踵を、こめかみ目掛けて蹴りこむ。
体が回るままに振り抜けば、ゾロストの巨体はドンと頭から床にめりこみ、そのままぴくりとも動かなくなった。
生きているか、死んだか、首筋に触れると脈はある。とりあえずは、両の手足を踏み潰して砕く。
回復もできぬよう、人差し指と薬指の二本をゾロストの頬に突き刺し、指先刺しこむままに口の中を貫く。
マントの裾で汚くなった指を拭く。
特殊生地の丈夫なマントだが、魔法を受けすぎてボロボロだ。
「あ、アニキ……?」
「先生――。いや、先生?」
2人は俺に近寄りもしなければ、闘いが終わった歓喜に浸るのでもない。今ここで起きている出来事をなかば信じられていないようだ。
アニーだけが一歩一歩ゆったりと歩み寄ってくる。
「どうして? どうして?」
「これで友達は家に帰れるな。ピンギ、アニー、警備局に向かえ。警察官かなんだか知らねえが、王国の兵隊にここに来てもらえ」
ゾロストは俺たちを殺そうとした奴だ、今すぐに殺したって構わない。しかし、どうも、そんな気にはなれない。こんな奴、生かすも殺すもどうでもいい存在に思えてくる。
多分、今の俺がLv99だからだ。圧倒的強さを得ていると、どうでもよくなってくるらしい。




