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3-13 絶望と死闘のはざまにて

 あとはゾロストを拘束(こうそく)し、族長ネコの証言とともに王国議会に突き出すだけだった。


 屋敷の中に踏み入る。


 人の気配はまるでない。


 ロビーは2階建ての吹き抜け。


 豪華絢爛(ごうかけんらん)のシャンデリア。


 深紅(しんく)絨毯(じゅうたん)


 (みが)()かれた白塗(しろぬ)りの螺旋階段(らせんかいだん)


 成り上がり貴族の住まいよろしく(すみ)から(すみ)まで色彩(しきさい)()えている。


 それが水を打つような静けさとあいまって、さながら博物館のよう。


 ゾロストは逃げたのか。


 いや、親分のオッサンの口ぶりからすると、この中にいる。


 身構(みがま)えながら屋敷を練り歩く。ゾロストの姿を探す。


 やがて、ひときわ大きな白塗りの扉の前に立った。


「ここにいるがにゃ」


 と、パブリース姐さんにかかえられている族長ネコが、プリマムに来て初めて喋った。いや、ささやいた。さすがネコだけあって耳がいい。


 俺は下僕どもに目を配る。ピンギもメシスもうなずく。すっかり逞しくなった顔つきで。


 アニーに視線を向け、俺はうなずく。アニーの視線は扉の先に燃える。


 青いグローブの手が扉の取っ手をゆっくりと回す。


 そこは大広間、シャンデリア状のランプの灯火(ともしび)のもと、大きな絵画と装飾品が並ぶ。


 火のない暖炉の前に、白い貴族服の大男の姿があった。こちらに背を向けて、揺り椅子(ロッキングチェア)に身をゆだねている。


「アン・マリージャ・フォルティスと申します。ゾロスト伯爵。ププンデッタの族長は証言しました。王国議会にご同行願います」


「ハア」


 と、大男は溜め息をつく。


「ブラカンド侯爵のご令嬢がかように執拗であったとは」


 最後の晩餐のつもりなのか、片手にグラスをたずさえており、赤ワインを中に揺らしている。


「チキも簡単に裏切りおった。たんまり稼がせてやったというのに。所詮(しょせん)、奴もカネか? 同じワグルの、同じ血が流れるワグルの――」


「デカブツジジイ! 寝言は裁判でほざけ!」


「デカブツジジイ――」


 俺の罵倒に反応して、ゾロストはゆっくりと腰を上げてくる。奴もワグル人。やはり麻痺(まひ)らない。


「誰に物を申しているのだ」


 装束(しょうぞく)をゴテゴテに飾り立てた成り上がり貴族は、そびえ立つようにして俺たちを睥睨(へいげい)していく。


(わし)は落ちぶれたか? 左様、プリマムに(わし)の居場所は無い。が、小僧。貴様とは違う。数多(あまた)苦渋(くじゅう)辛酸(しんさん)を受けながらもここに到達したのが(わし)なのだ。他国に亡命し、一から這い上がるなど、造作(ぞうさ)もない」


「その姿勢、尊敬に値するな。けども、牢獄行きだ」


「ホザケエェッツ!」


 ゾロストは怒りの咆哮(ほうこう)を放ったと同時に、天井に向けて右の掌をかかげていた。


「ギガグレバズ!」


 俺は驚愕(きょうがく)した。ゾロストの右手に黄色い物体が(ふく)らんでいく。


 理解ができた瞬間、俺はあわてて飛び込んだ。族長ネコを抱えているパブリース姐さんもろとも、両腕の中にする。


 地を響かせる破砕音とともに、爆風と熱線が俺の背中を急襲する。姐さんと族長を固く抱え込んだままに、吹き飛ばされまいと踏ん張るも、熱さと暴風は肉体のすべてを千切ってしまわんばかりだった。


 顔を起こせば、粉塵(ふんじん)が舞い散っている。破片(はへん)がパラパラとこぼれ落ちてくる。


「族長、姐さん、逃げるんだ」


 ネコはぶるぶると震えるだけだった。姐さんはがちがちと歯を鳴らすだけだった。まったく動いちゃくれない。

 

「デマジカエ!」


 俺の行ったところへ対象者を飛ばせるというマジカエ亜種の魔法を詠唱し、ネコと姐さんをどこかに飛ばした。どこに行ったかはわからないが、俺が行ったところであれば数は知れている。


「左様、(わし)は今すぐに逃亡するべきだ。が、(わし)の腹の虫はおさまらぬ。貴様らのせいで、(わし)失脚(しっきゃく)したのだ」


 ゾロストの人差し指と中指の二本指が、高々と天を突く。


「メガフランマ!」


 二本指の先に閃光渦巻く火球が出現し、あっという間に人の顔の大きさまで巨大化すると、


()ねえェっ! 小僧オォッ!」


 火球が俺に襲い掛かる。自回転し、不規則に揺らぎ、俺を喰らい殺すような豪速で。


 息もつけぬ出来事に、俺は両腕を交差させるしかなかった。身を守る以外に方法を思いつかなかった。そして、それはすぐに間違いだったと気づく。


 俺は両腕から始まった爆発と、それとともに広がった爆炎に飲み込まれ、頭から宙に吹っ飛んでいき、背中から床に叩きつけられた。


 目が点になり、朦朧(もうろう)としたが、ピンギがすべり込むようにして駆けこんでき、


「デレクペ!」


 俺の目の焦点(しょうてん)は合った。意識を取り戻す。取り戻した意識をすぐに呼び起こすために「ぬっ!」と無理やりに体を起こす。


 ひととき、俺に弱気が走った。もしかしたら、このまま死んでしまっていたほうが楽だったんじゃないか、と。


 ゾロストはただのワグル人に違いないはずだ。なのに、賢者ジョブが使うような激烈な魔法を2種類も放ちやがった。


 ナメすぎていた……。勝てるのか……?


 いや、目玉を剥き出す。すぐに見なければならない。すぐに敵に相対せねばならない。でないと、すぐさま殺される。


 しかし、


「ギガグレバズ!」


 メシスが反撃していた。俺に言われるよりも先に、誰に後押しされるよりも先に、青い髪のこのガキは、まったくもってこの世の賢者らしく、自らの意志で咆哮(ほうこう)していた。


 黄色の球体がメシスの振るった杖から飛んでいき、ゾロストの足元から爆音が響く。粉塵が舞い上がる。


 ものの、ゾロストはさっきの俺みたいにして両腕を交差させ、だが俺と違うのは、それだけで耐えていたことだった。


 金色の彗星が飛んでいく。


 アニーが服をたなびかせながら、ゾロストの(ふところ)に入り込み、腰を落とす。引き絞ったグローブの右拳。()()がる。


「キイヤアァッ!」


 虚空(こくう)を切り裂く金切声(かなきりごえ)とともに、ゾロストの(あご)に打ち込む。


 激烈に。逆立った金髪。引き抜かれた矢のように。


 会心の一撃。


 ゾロストの巨体は、岸壁に跳ね上げられた高波のように跳ね上がった。一直線に天井に激突した。反動で一直線に落ちてき、床に叩きつけられた。


 俺は走る。一瞬でも弱気を走らせた自分自身(テメエ)の情けなさは、この一撃で帳消しにしてしまいたい。メシスやアニーに期待をする前に、俺は常に闘争心に溢れていなければならねえんだ。なぜか? いつなんどきだって、俺は、天上天下唯我独尊でなければならねえからだ。


「シアドレス!」


「アセラーラ!」


 ピンギとメシスによるお決まりの2倍セット。余計な真似をしやがって。でも、仲間か。仲間も俺の強さの一部か。俺の速さと攻撃力が増す。跳躍する。アニーを飛び越える。刀を持ち変える。逆手に突き下ろす。


 ゾロストは巨大なヒキガエルのようにして床に張り付いている。


 その後ろ首にぶっ刺す。


「ぶっ殺してやるうっ!」


 叩き込む。()じ込む。押し込む。真っ赤なものが噴き上がる。抜く。更にぶっ刺す。


 死ね! 死ね! 俺は天下無敵国士無双の超絶楽天野郎だ!


 が、しかし。


「ングオォォオオ!」


 ゾロストは巨獣(きょじゅう)雄叫(おたけ)びを上げながら起き上がってきた。この世界を()ってしまうかのような叫びであった。地獄の底からよみがえってきたかのようなゾロストに、乗っかっていた俺は転ばされてしまう。


「ヴオエッ」


 ゾロストは大きく開け広げた口から(うみ)のような血の(かたまり)を吐き出し、


「ゼレクペ」


 詠唱(えいしょう)とともにみるみるうちに目の色をよみがえらせ、装束(しょうぞく)を血みどろにした出血もおさまっていってしまう。


「ウソだ――」


 メシスの絶望的なつぶやきが聞こえてくる。


「最上級の攻撃魔法から最上級の回復魔法まで――」


()ッ」


 俺は(いわお)のような拳を左頬(ひだりほお)にお見舞いされ、意識を飛ばした。


「デレクペ!」


 ピンギによってすぐに回復するも、キリがねえ。


 ゾロストは巨体に似合わぬ素早さでアニーに駆け寄っていた。アニーの小顔に拳を振り抜いていた。


 体を後ろに反らし、拳をかわすアニー。


 瞬間、ゾロストの左ハイキックがアニーのこめかみに入った。吹き飛びながら、縦に一回転してしまう。


「アニーちゃん!」


 アニーを追うピンギ。俺も走りこむ。もう一度刀を構え、駆ける。ゾロスト目掛けて眼光を一直線に――。


 手を休めた瞬間に()られる。攻め続けなければ()られる。


 本当は、きっちりと仕切り直したい。作戦を練りたい。ピンギは回復に専念し、メシスは魔法攻撃を止めて、俺とアニーに間接効果魔法をかければいい。俺とアニーが繰り返し繰り返し車輪のように攻撃し続ければ、糸口は見つかるはず。


 そう、そうなんだ。勝てる糸口を探さなければならないほどに、この闘いはヤバい。


 ただの成り上がりだったんじゃねえのか? マフィアが見捨てる程度の奴だったんじゃねえのか?


 最後のボスのように強えじゃねえか!


「死ねやあぁっ!」


 俺は刀を振り落としていく。ゾロストはピンギに回し蹴りを喰らわそうとしていた。隙だらけだった。その(よこ)(ぱら)目掛(めが)け、真っ二つにしてやる!


 白刃(しらは)()り。


 俺の(やいば)はゾロストの両手が受け止めていた。


 俺は半ば唖然としてしまう。顔と顔を突き合わせながらも、俺の空虚な瞳は、ゾロストの生気溢れる瞳に飲み込まれつつある。


「若者よ! 素晴らしい執念だ!」


 ゾロストは目玉を剥き出し、歯を立てながら笑う。


「だが、貴様(きさま)(わし)()れるかあっ!?」


「うおおっ!」


 俺は刀を押し込もうとする。引き抜こうともする。ビクともしねえ。


「かああああっ!」


 奇怪(きかい)雄叫(おたけ)びとともに、俺はそのまま刀ごと持ち上げられてしまい、手裏剣(しゅりけん)でも投げるかのように放り投げられた。


 壁に激突する。激突する間にも、ゾロストの「ギガグレバズ」がピンギとメシスを吹っ飛ばし、


 更にゾロストは吹っ飛んでいるさなかのピンギに向かって跳躍(ちょうやく)、両拳を(つい)のようにして、肥えた顔面に叩き落とし、ピンギの巨漢を床にめり込ませる。


 壁からそのまま床に滑り落ちてきた俺は、ふらついた足元で立ち上がる。


 瀕死のピンギにメシスが駆け寄る。弾丸のように飛んできたゾロストの回し蹴り。


 その隙に高々と跳躍していったアニー、その拳がゾロストの眉間に――、首をひょいと傾けられた。


 アニーが首から鷲掴みにされ、持ち上げられる。


「フォルティス(じょう)。名家の貴殿にはわからぬだろう。(わし)の辛酸。(わし)の苦渋。ゆえに(わし)の邪魔立てができるのだ!」


 自分の半分ぐらいしかないアニーへ、激烈なボディーブローを喰らわし、苦悶(くもん)の表情のアニー、俺はアニーの元へ駆ける、ゾロストはアニーを放り投げる。


「娘を失ったブラカンド侯の顔! 是非とも見たかった! メガフランマ!」


 二本指の先に閃光渦巻く火球が出現し、アニーは起き上がろうとしているが、ゾロストは指先を振り下ろす。


 火球は爆発とともに爆炎を上げる。


 俺の背中を灼け焦がしながら。


 アニーをかかえる俺は、もう、アニーを抱きしめるだけの力しか残っていなさそうだ。


 力を失ったエメラルドグリーンの瞳で、俺の瞳を眺めながら、アニーは力なく呟く。


「レイジー……」


「アニー。俺は……」


 もう、駄目かも。


 きっと、白磁板(ホワイトボード)を見たら、俺のHPは1だろう。


 チクショウ、こんな死に方、あるかよ。


 いいや、俺はまだ死ねねえ。こんな今日会ったばかりの、つい最近知っただけの奴なんかに殺されてたまるか。


 でも、じゃあ。


「メレグタム」


 それしかなかった。試しにも使っていなかった魔法。これしかなかった。役立たずの俺の魔法の中で、1番最後にあった魔法。最後に使ってみるしか。どうなるかも知れない愚か者の俺の魔法を。


 すると、俺は……。


 詠唱した瞬間に、俺は、まったく別の場所に突っ立っており、あたりはまばゆいばかりに白い光だけの。


 ここは、あの死後の世界と思わしき……。


 俺の目の前には、あの、神様のようなジジイがいる。

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